年の瀬に起きた白昼の惨劇 アマチュアサッカー選手が6発の銃弾を浴びて殺害される

2021.01.07 メキシコのアマチュアサッカー大会

▲ 奇襲攻撃で銃弾を6発も浴びたルイス・フェルナンド・モラーレス・サンチェスさん(享年26)の遺体に寄り添うガールフレンドとみられる若い女性

メキシコののどかな町で昨年末に、アマチュアサッカー大会に出場していた26歳の選手が突然何者かに拳銃で射殺される凶悪事件が発生した。

事件が発生したのは、メキシコの首都メキシコシティから東南東へ約370km離れたテクシステペックという町。そこでは、ベラクルス州南部の様々な自治体や集団により形成されたアマチュアチームによるトーナメント「コパ・テクシステペック」が開催されていた。

2020年12月28日、サン・ファン・エバンジェリスタというクラブに所属する26歳のルイス・フェルナンド・モラーレス・サンチェス(以下、ルイス・モラーレスさん)さんは、午前中に地元のテクシステペックと対戦した試合に出場。試合が終わると、ルイス・モラーレスさんは帰らず、他の試合を観戦すべくその場に留まることにした。彼のこの判断が、悲劇の引き金になってしまう。

正午頃、バイクでその場に乗り込んできた男が、バイクを降りるとルイス・モラーレスさん目がけて拳銃を発砲。合計6発の銃声は会場全体に轟き、選手や観客は逃げ惑いパニックに陥った。銃声が止むと、犯人はバイクに戻り、一緒に訪れていた仲間とともにバイクで立ち去った。ルイス・モラーレスさんは即死で、その遺体では泣き崩れる若い女性の姿があった。故人のガールフレンドとみられる。なお、犯人が捕まっていないため、動機は不明だ。
言わずもがな、事件の発生を受けてコパ・テクシステペックは中断・中止が決まった。

テクシステペックは一見のどかな町に映るも、実は麻薬の密売やガソリンなどの盗難、中米移民の人身売買などが横行している危険な地域。そんなテクシステペックもあるベラクルス州では、月平均の殺人事件による死者が約100人に上り、2020年11月は104人が殺されたという。殺人事件による2020年の年間死者数は、ベラクルス州だけで1,156人に達するとのことだ。

補足までに2018年12月から2020年9月までの22ヶ月間におけるメキシコ国内の犯罪統計は、下記の通り。
殺人:4,193件 (月平均で220件)
誘拐(拉致):435件 (月平均で22件)
強盗:48,313件 (内13,600件以上が車両の盗難・強盗)

このたびの惨劇は、そんなメキシコの片田舎で起こった。サッカーを楽しんでいた故人の冥福を祈るとともに、犯人の一刻も早い逮捕が待たれる。

マンコが古巣へ再度復帰か アリアンサ・リマの来年の補強計画にマンコが入る

2020.12.29 リーガ1 (ペルー1部リーグ) 2020

▲ 自身もファンと公言している古巣アリアンサ・リマへの復帰が現実的になりつつあるレイモン・マンコ (写真は2016年のもの)

ペルー紙「Libero」によれば、アリアンサ・リマが2021年のシーズンに備えて、レイモン・マンコを補強策としているとわかった。

マンコは過去に二度アリアンサ・リマに所属している。最初は2006年にデビューしたときで、その後オランダに渡ったのち、移籍を繰り返して2015年に7年ぶりの復帰を果たした。

その後はベネズエラのサモーラFCを経てペルー国内のクラブチームを渡り歩き、2020年はアトレティコ・グラウで主力として重宝されたが、グラウは失意の2部降格が決まった。

そのアトレティコ・グラウで監督を勤めたラファエル・カスティージョ氏がアリアンサ・リマを指揮するか否かが、マンコの古巣復帰を左右するとも現地では報じている。

幼少期からアリアンサ・リマのファンであると公言しているマンコは、愛するアリアンサ・リマへの復帰を望む発言をほのめかしている。

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(30歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2006年に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。2020年は前年王者のデポルティーボ・アトレティコ・グラウに移籍してリベルタドーレスにも出場したが、COVID-19のパンデミックによる中断期間中に首脳陣と対立して退団。アトレティコ・グラウへ活躍の場を移している。元ペルー代表。

ベスト8で敗退が決まったバイーアのホッシがレッドカードを受けた理由は“オナニー”

2020.12.16 コンメボル・スダメリカーナ 2020

▲ 70分に主審がホッシにレッドカードを提示する場面

12月16日にアルゼンチンの首都ブエノスアイレスで行われたコンメボル・スダメリカーナの準々決勝 2nd.Leg「デフェンサ・イ・フスティシア vs バイーア」で、珍事が起こった。

その珍事とは、66分に発生。ボールのないところで起こったホッシのファウルを取った主審のジャッジに不満を抱いた同選手が、メインスタンドに向かって左手を股間に当ててまさぐる様子が映った。同選手の左手の動きは、あたかもオナニーをしているかのようなアクションで、VARからの連絡を受けた主審は映像確認を行った上で、ホッシにレッドカードを出した。非紳士的行為による退場劇だった。

判定を不服とするホッシは、ピッチを去ってから腕に巻いていたテーピングを剥がして壁に投げつける様子も。しかし、試合中に悪意を持って股間をまさぐるジェスチャーは、プロスポーツ選手として許される行為ではない。

ブラジルでは2017年のブラジレイロンでも、コリンチャンスのガブリエウがピッチサイドでスタンドに向かってオナニーダンスを披露したことがある。

◆ ホッシ

本名:
ホシクレイ・ペレイラ・ダ・シウバ
生年月日:
1993年4月22日生まれ(27歳)
出身:
ブラジル(パラ州プライーニャ)
身長:
170cm
ポジション:
フォワード

2009年に15歳でフラメンゴの下部組織に入団し、その後フルミネンセを経て2012年にポンチ・プレッタの下部組織からトップチームに昇格。しばらくはゴール数も少なかったが、2016年に完全移籍で加入したゴイアスデ9ゴールを挙げると、2017年にはシャペコエンセでも活躍したが、その後は深圳FC(中華人民共和国)からレンタルでインテルナシオナウやバスコに貸し出された。2020年は完全移籍でバイーアに所属。

マンコは欲しがられていない? 現時点でどこからもオファーがないと本人が公言

2020.12.07 リーガ1 (ペルー1部リーグ) 2020

▲ アトレティコ・グラウでの全日程を終えてからオファーが来ていないことを明かしたレイモン・マンコ

リーガ1(ペルー1部リーグ)は年間王者決定戦が済んでいないが、前期と後期の全日程は終了。タイトルに関係ないクラブチームはオフに入り、レイモン・マンコ擁するアトレティコ・グラウはリーガ2(ペルー2部リーグ)への降格という悔しい切符を手に、オフシーズンに入った。2021年をアトレティコ・グラウで過ごすつもりのないマンコに、オファーは届いているのか。

結論は、オファーは届いていないとわかった。マンコは喫緊の状況を説明している。

「今のところオファーはない。アトレティコ・グラウからは、後期が終了する前に電話があったが、私からは『倫理的に全日程を終えてから話し合うべき』と返した」

「私はどのクラブへ行っても全力でプレイするよ。前提としてプロだし、どのクラブでも問題なく戦えるから」

マンコは兼ねてから自身がファンと公言しているアリアンサ・リマからも、現時点でオファーがないことを明かした。ペルー国内からオファーがない場合、外国のオファーを検討するかについては言及していない。

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(30歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。2020年は前年王者のデポルティーボ・アトレティコ・グラウに移籍してリベルタドーレスにも出場したが、COVID-19のパンデミックによる中断期間中に首脳陣と対立して退団。アトレティコ・グラウへ活躍の場を移している。元ペルー代表。

愛するクラブのためなら… マンコが語ったアリアンサ・リマへの想い 「オファーがあれば」

2020.11.30 リーガ1 (ペルー1部リーグ) 2020

▲ 兼ねてからアリアンサ・リマのファンと公言しているレイモン・マンコ (写真はマンコがアリアンサ・リマに所属していた2015〜2016年のもの)

2020年の前後期が終わったリーガ1(ペルー1部リーグ)では、レイモン・マンコ擁するアトレティコ・グラウとともに、名門アリアンサ・リマもリーガ2(ペルー2部リーグ)降格が決まった。兼ねてからアリアンサ・リマのファンと公言しているマンコは、愛するクラブのためなら2021年はリーガ2であってもプレイする意気込みをみせている。

フォロワーからの質問で「たとえリーガ2でもアリアンサ・リマへ移籍する気持ちはあるか」と聞かれての、マンコの回答は下記のとおり。

「大好きなアリアンサ・リマの昇格に貢献できるのなら、私は来年リーガ2でプレイすることに問題はない。あとは、チームが私にオファーを出してくれるかどうかだけ。オファーがあればぜひ交渉したいよ」

2021年のマンコの舞台は、アリアンサ・リマになるのだろうか。

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(30歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。2020年は前年王者のデポルティーボ・アトレティコ・グラウに移籍してリベルタドーレスにも出場したが、COVID-19のパンデミックによる中断期間中に首脳陣と対立して退団。アトレティコ・グラウへ活躍の場を移している。元ペルー代表。

叶わなかったマンコの願い… 愛するチームと所属チームがともに残留できず2部降格決定

2020.11.28 リーガ1 (ペルー1部リーグ) 2020

▲ 80分まで出場し、司令塔として攻撃の起点になったレイモン・マンコ

マンコの願いはどちらも叶わなかった。28日にペルー国内で行われたリーガ1の後期第9節で、レイモン・マンコ擁するアトレティコ・グラウは勝てず降格が決定。さらに、マンコの愛するアリアンサ・リマは負けて順位を下げてしまい、こちらも同じく降格が決まってしまった。

残留・降格に絡む4試合が同時刻開催となった28日。残留のためには勝利が最低条件のアトレティコ・グラウは、69分に先制。マンコの間接フリーキックをペナルティエリアでヘディングによりつなぐと、最後はジェフェルソン・コラソスが左足ボレーでゴールに沈めた。この時点でアリアンサ・リマが 0-2 と劣勢なのもあり、アトレティコ・グラウは勝てば自力で残留を決められる状況に持ち込んでいた。

ところが、アリアンサ・ウニベルシダーは79分に右からのクロスをフレディ・ポルテイージャがヘディングでゴールに押し込んで同点とした。追いつかれた直後にマンコはベンチに下がり、その後アトレティコ・グラウは勝ち越せなかった。

この結果、マンコ擁するアトレティコ・グラウは、マンコが愛するアリアンサ・リマとともに失意のリーガ2(2部)降格が決定。マンコがアトレティコ・グラウに残留するか、移籍するかは現時点で明らかになっていない。

▼ リーガ1(ペルー1部リーグ) 2020 総合順位表(16位以下)

順位 勝ち点 クラブチーム 勝利数 得失点差
16 28 アカデミア・カントラオ 7 -16
17 27 カルロス・ステイン 7 -14
18 26 アリアンサ・リマ 6 -8 リーガ2(2部)降格
19 26 アトレティコ・グラウ 5 -13 リーガ2(2部)降格
20 20 デポルティーボ・ヤクアバンバ 5 -22 リーガ2(2部)降格

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(30歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。2020年は前年王者のデポルティーボ・アトレティコ・グラウに移籍してリベルタドーレスにも出場したが、COVID-19のパンデミックによる中断期間中に首脳陣と対立して退団。アトレティコ・グラウへ活躍の場を移している。元ペルー代表。

マンコの葛藤 「アリアンサ・リマのファンだが、今週末はアトレティコ・グラウのために戦う」

2020.11.27 リーガ1 (ペルー1部リーグ) 2020

▲ WEB取材で現在の心境を述べるレイモン・マンコ

リーガ1(ペルー1部リーグ)は今週末に後期の最終節を迎える。優勝チームはここで決まらないが、前後期の勝ち点合算が確定するため、リーガ2(ペルー2部リーグ)に降格する3チームは日本時間で29日に決まる。今年の残留争いに頭を悩ませているのが、レイモン・マンコだ。

マンコが所属するアトレティコ・グラウは今年の昇格組で、ここまでの前後期通算勝ち点は25で19位にある。最終節で勝てば土壇場で残留する可能性もあり、チームは当然ながら全力で勝ち点3を獲りにいくわけだが、もしもアトレティコ・グラウの残留が叶った場合、名門アリアンサ・リマが降格してしまう。その一方、アリアンサ・リマが残留することになった場合は、アトレティコ・グラウの降格も決まってしまうのだ。幼い頃からアリアンサ・リマのサポーターであることを公言しているマンコにとっては、複雑な状況になっているのである。

現在は所属していないが、愛するアリアンサ・リマの残留を願うのか。それとも、今いるアトレティコ・グラウの残留のために全力で勝利を目指すのか。マンコは後者を選ぶと明言した。

「たしかに私は昔からアリアンサ・リマのファンであることを口にしてきたが、それでも今週はアトレティコ・グラウの残留を目指して全力で戦う。それは私の家族やチームメイト、サポーターのためだし、プロフェッショナリズムを優先するのは当然のことだ。自力で残留できるわけではない他力本願だが、私は勝って他会場の結果を見守りたい」

アリアンサ・リマとアトレティコ・グラウがともに残留する可能性は限りなくゼロに近い状況で、両チームの運命はどうなるか。

▼ リーガ1(ペルー1部リーグ) 2020 後期 第9節(残留が懸かっている試合)

チーム名 チーム名
スポルティン・クリスタル アカデミア・カントラオ
アトレティコ・グラウ アリアンサ・ウニベルシダー
カルロス・ステイン UTC
スポルト・ワンカーヨ アリアンサ・リマ

▼ リーガ1(ペルー1部リーグ) 2020 総合順位表(16位以下)

順位 勝ち点 クラブチーム 勝利数 得失点差
16 28 アカデミア・カントラオ 7 -15
17 26 アリアンサ・リマ 6 -6
18 26 カルロス・ステイン 7 -14 リーガ2(2部)降格
19 25 アトレティコ・グラウ 5 -13 リーガ2(2部)降格
20 20 デポルティーボ・ヤクアバンバ 5 -21 リーガ2(2部)降格

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(30歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。2020年は前年王者のデポルティーボ・アトレティコ・グラウに移籍してリベルタドーレスにも出場したが、COVID-19のパンデミックによる中断期間中に首脳陣と対立して退団。アトレティコ・グラウへ活躍の場を移している。元ペルー代表。

マンコはゴールを決めても悲しみを隠さず 反政府デモで犠牲になった若者へ哀悼

2020.11.19 リーガ1 (ペルー1部リーグ) 2020

▲ 16日の試合後のインタビューで口をマスクで隠してインタビューに応じるレイモン・マンコ

16日に行われたリーガ1(ペルー1部リーグ)の試合で、1ゴール1アシストと活躍した元ペルー代表MFレイモン・マンコが、試合後にマスクで口を覆ってインタビューに応じた。そこでマンコの口から漏れたのは、先の国内デモで急逝した若き国民への哀悼だった。

同日の試合で約32mの距離から先制のロングシュートを決めたマンコは、右手を左胸に当てるポーズを披露。このポーズについて、試合後に問われたマンコはその意図を次のように説明した。

「今日決めた私のゴールは、我々の権利と、たくさんの腐敗にうんざりしている国の民主主義を守るべく、昨日犠牲になった若者への哀悼を示した。昨日の犠牲によって国民が権力への闘いを止めないように願うとともに、我々は政治に関するすべてのゴミを片付けなければならない」

マンコも言及した犠牲者とは、ペルー国内の政治デモで犠牲になったインティ・ソテーロ・カマルゴ氏とジャック・ブライアン・ピンタード・サンチェス氏の二名。いずれも17歳未満だったことも、ペルー国民ならびにマンコの怒りを助長した。

アトレティコ・グラウでは、マンコのみならず、追加点を決めたジェフェルソン・コラソスもまたマンコと同様のパフォーマンスをしており、情勢不安により犠牲になった若き命への抗議はペルー国内に広がる様相だ。

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(30歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。2020年は前年王者のデポルティーボ・アトレティコ・グラウに移籍してリベルタドーレスにも出場したが、COVID-19のパンデミックによる中断期間中に首脳陣と対立して退団。アトレティコ・グラウへ活躍の場を移している。元ペルー代表。

マンコの32mロングシュートで先制 試合はマンコの1ゴール1アシストで後期初勝利

2020.11.16 リーガ1 (ペルー1部リーグ) 2020

▲ 52分にロングシュートで先制点をもたらしたレイモン・マンコ(90番)はチームメイトに抱擁で祝福される

11月16日にペルーの首都リマで行われたリーガ1(ペルー1部リーグ)の後期第3節。「アトレティコ・グラウ vs 」で、元ペルー代表MFレイモン・マンコが1ゴール1アシストの活躍でチームの勝利に貢献した。

0-0 で迎えた後半に、マンコが輝きを放った。まずは52分、相手のバックパスでペナルティエリアの外まで上がってボールを持ったGKロナール・ルイスにジェフェルソン・コラソスがプレッシャーをかけると、キーパーがパスを出そうとしたところにジェフェルソン・コラソスがスライディングでインターセプト。これにより生まれたルーズボールがマンコの足元に渡ると、マンコはゴールまで約32mの距離から右足を振り抜いた。無人のゴールへ駆け足で戻るキーパーは追いつけず、ボールは無人のゴールへと吸い込まれた。マンコのロングシュートが決まって、アトレティコ・グラウが先制した。

その後、互いに1点ずつを取り合って迎えた79分には、マンコのラストパスを途中出場のクリスティアン・ラッソがゴールに沈めて勝利をたぐり寄せたアトレティコ・グラウ。同チームは後期の6戦目でやっと初勝利を収めた。

リーガ1(ペルー1部リーグ) 2020 後期 第6節 (2020/11/16)
アトレティコ・グラウ 3-1 カルロス・ステイン
ベルナルド・メディーナ GK ロナール・ルイス
ジョナタン・アカシエーテ
ジョナタン・アビラ
ファン・イグレシアス
ロベルト・セスペデス
DF ホアキン・アギーレ
ヘスス・ラバナル
ジャネイレル・リバス
ジェレミ・ロスタイン
ネイル・モラン
(アクセル・サンチェス)
エマヌエル・パウカル
ガリ・コレーア
(オーシロ・カルロス・タケウチ)
(ファン・ネイラ)
レイモン・マンコ
(マルセーロ・ガオーナ)
デニルソン・ゴンサーレス
(クリスティアン・ラッソ)
MF ジョシマール・バルガス
アライアン・ロマニー
(ホセ・ゴンサーレス・ビグリ)
カルロス・プレシアード
(ファン・グティエレス)
ディエゴ・マニセーロ
ジェフェルソン・コラソス FW ファクンド・パラ
イバン・ブロス
(アルバロ・メドラーノ)
レイモン・マンコ 52
ジェフェルソン・コラソス 59
クリスティアン・ラッソ 79
ゴール 64 ファクンド・パラ
ロベルト・セスペデス
エマヌエル・パウカル
イエロー
カード
カルロス・プレシアード
ラファエル・カスティージョ 監督 ダニエル・バルデラマ
主審: エドウィン・オルドニェス
会場: エスタディオ・ミゲル・グラウ・デル・カヤオ (カヤオ)

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(30歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。2020年は前年王者のデポルティーボ・ビナシオナルに移籍してリベルタドーレスにも出場したが、COVID-19のパンデミックによる中断期間中に首脳陣と対立して退団。アトレティコ・グラウへ活躍の場を移している。元ペルー代表。

マンコがコーナーキックでアシスト! 他でもプレースキックで見せ場を作るもチームは惨敗

2020.11.03 リーガ1 (ペルー1部リーグ) 2020

▲ 9分に先制のPKを決めたエマヌエル・エレーラを祝福するスポルティン・クリスタルのイレブン

11月2〜4日にペルーの首都リマで行われたリーガ1(ペルー1部リーグ)の後期第3節。「アトレティコ・グラウ vs スポルティン・クリスタル」で、元ペルー代表MFレイモン・マンコが絶妙なアシストを披露した。

トップ下でフル出場を果たしたマンコは、0-2 で迎えた後半の立ち上がりにコーナーキックを任されると、右足で正確なコーナーキックを蹴ってジョナタン・アビラのヘディングによるゴールをお膳立て。その後もマンコは、プレースキッカーとして何度もフリーキックを務めたが、チームに追加点はもたらされなかった。

なお、試合はスポルティン・クリスタルが点差以上の内容で、マンコ擁するアトレティコ・グラウ相手に圧勝している。

リーガ1(ペルー1部リーグ) 2020 後期 第3節 (2020/11/03)
アトレティコ・グラウ 1-4 スポルティン・クリスタル
ベルナルド・メディーナ GK エミーレ・フランコ
ブライアン・リバス
ジョナタン・アビラ
ブラックソン・レオン
ロベルト・セスペデス
DF ホアン・マドリー
(カルロス・カベーロ)
ジャンフランコ・チャベス
オマール・メルロ
ニルソン・ロジョーラ
(ヒルマール・ロバトン)
ネイル・マルコス
(ガリ・コレーア)
エマヌエル・パウカル
(アクセル・サンチェス)
ジョナタン・アカシエーテ
(ファン・イグレシアス)
レイモン・マンコ
クリスティアン・ラッソ
(デニルソン・ゴンサーレス)
MF ジェラール・タバラ
ケビン・サンドバル
(レンソ・レボレード)
ホルヘ・カスーロ
ジェフェルソン・コラソス FW クリストファー・オリバレス
エマヌエル・エレーラ
ワシントン・コローソ
(ジョン・マルチャン)
ジョナタン・アビラ 55 ゴール 09 エマヌエル・エレーラ (PK)
17 クリストファー・オリバレス
62 クリストファー・オリバレス
90 ジョン・マルチャン
イエロー
カード
ブラックソン・レオン レッド
カード
ラファエル・カスティージョ 監督 ロベルト・モスケーラ
主審: アウグスト・メネンデス
会場: エスタディオ・アレハンドロ・ビヤヌエバ (リマ)

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(30歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。2020年は前年王者のデポルティーボ・ビナシオナルに移籍してリベルタドーレスにも出場したが、COVID-19のパンデミックによる中断期間中に首脳陣と対立して退団。アトレティコ・グラウへ活躍の場を移している。元ペルー代表。

苛立って主審に怒ってイエローカード 現地では「イライラすることで悪名高いマンコ」と揶揄

2020.10.24 リーガ1 (ペルー1部リーグ) 2020

▲ 後半のアディショナルタイムに主審への暴言でイエローカードを受けるレイモン・マンコ

10月24日にペルーの首都リマで行われた試合で、マンコにイエローカードが出された。その理由は、マンコの気性の荒さによるところだった。

「ウニベルシターリオ・デポルテス vs アトレティコ・グラウ」は、65分にジェフェルソン・コラソスのゴールでアトレティコ・グラウが先制したが、その後終盤に失点し、レイモン・マンコ擁するアトレティコ・グラウは逆転負けを喫した。

マンコが怒ったのは、逆転された直後の後半のアディショナルタイム。97分にドナール・ミランのユニフォームを引っ張って倒した件で主審に食ってかかったマンコには、主審からイエローカードが出された。マンコは執拗に抗議せず、二言三言発してすぐに主審の元を離れたが、カードを出されたことにも不満があった模様。

なお、ペルーのポータルサイト「trome」はこの場面について、「イライラすることで悪名高いマンコ」と表現。マンコが短気であり、短気は損気であると論じている。

リーガ1(ペルー1部リーグ) 2020 前期 第2節 (2020/10/24)
ウニベルシターリオ・デポルテス 2-1 アトレティコ・グラウ
ホセ・カルバーリョ GK ベルナルド・メディーナ
アルド・コルソ
ブライアン・ベラルデ
ネリーニョ・キーナ
イバン・サンティラン
(ヘスス・バルコ)
DF ブライアン・リバス
(マルセーロ・ガオーナ)
ジョナタン・アビラ
ブラックソン・レオン
ピエロ・アントン
ジェルソン・バレート
(マティアス・カルピオ)
アルマンド・アルファヘーメ
アルベルト・キンテーロ
ドナール・ミラン
ルイス・ウルーティ
MF ネイル・マルコス
ジョナタン・アカシエーテ
アクセル・サンチェス
レイモン・マンコ
アレハンデル・スッカル
(パウロ・デ・ラ・クルス)
FW クリスティアン・ラッソ
(デニルソン・ゴンサーレス)
ジェフェルソン・コラソス
(ビクトル・ロセル)
ルイス・ウルーティ 80
(PK) ドナール・ミラン 90+5
ゴール 65 ジェフェルソン・コラソス
イバン・サンティラン
アルマンド・アルファヘーメ
イエロー
カード
ブライアン・リバス
デニルソン・ゴンサーレス
ジョナタン・アビラ
レイモン・マンコ
アンヘル・コミッソ 監督 ラファエル・カスティージョ
主審: エドウィン・オルドーニェス
会場: エスタディオ・ウニベルシダー・サン・マルコス (リマ)

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(30歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。2020年は前年王者のデポルティーボ・ビナシオナルに移籍してリベルタドーレスにも出場したが、COVID-19のパンデミックによる中断期間中に首脳陣と対立して退団。アトレティコ・グラウへ活躍の場を移している。元ペルー代表。

マンコの古巣に“ビンラディン”加入!? 19年前の米同時多発テロの翌年に生まれた18歳の正体は

2020.10.16 ペルー1部リーグ 2020

▲ かのテロリストと同名が付いている18歳のオサマ・ビンラデン・ヒメーネス・ロペス

2017〜2018年にレイモン・マンコも在籍していたウニオン・コメルシオに、不気味な名前の若き選手が加入した。その名は、「オサマ・ビンラデン・ヒメーネス・ロペス」。なんと、2001年にニューヨークなどで発生した米同時多発テロの首謀者であるウサマ・ビンラディン容疑者(故人)と同名なのだ。

オサマ・ビンラデン・ヒメーネス・ロペスは2002年生まれの18歳で、ユースのカテゴリーでは若くして頭角を現していた。登録名は「Osama(オサマ)」だが、テロ組織アルカイダの元首謀者と同名であることから、当人は幼少期に友だちをつくる際に苦労や悩みがあったことを吐露。しかし、かつては不快に捉えていたことであっても、事実を踏まえて強く生きることを選んだと本人は述べている。

なお、アルカイダの元首謀者は日本では「ウサマ・ビン・ラディン」と称され、アルファベットのスペルは「Osama Bin Laden」であるため、アルファベットの文字列は異なっている。しかし、「V」を唇噛まずに発音するスペイン語では、かのテロリストとも同じ名前に響くことから、兼ねてから物議を醸す名前であったことは記すまでもない。

果たして、ペルーの若き“ビンラディン”は、今後どのような活躍をみせてくれるのか。