マンコがコパ・ペルーで解説者デビュー 選手としてはファン・アウリッチを退団も現役続行

2022.09.26 コパ・ペルー 2022

▲ ピッチサイドに設けられた解説者席に座って、マイクを片手に戦況を見つめるレイモン・マンコ

マンコが解説を務めたのは、コパ・ペルーの1次リーグ第2節「デポルティーボ・ラ・バルサ vs デポルティーボ・ボランテ」戦。ラ・バルサのホームスタジアムであるエスタディオ・ムニシパル・デ・バタングランデを訪れたマンコは、紺色のポロシャツを着て白い帽子を被って午前11時のキックオフ前からテレビに登場。ハーフタイムにはピッチサイドで実況アナウンサーとともにトークを繰り広げた。

実はこの数時間前にマンコは自身の Instagram で前述の試合の解説を担当する旨を説明していた。

「こんにちは。元気? あなたの友人のレイモン・マンコから挨拶です。今日は午前11時からコパ・ペルーの(デポルティーボ・)ラ・バルサ・デ・バタングランデ vs (デポルティーボ・)ボランテ・デ・バンバマルカ戦の解説者を務めます」

▲ ハーフタイムにはピッチを背景に実況アナウンサーとトークしたレイモン・マンコ(右)

いわば、「マンコの解説を聞きに、テレビを観てね」と告知していたマンコ。そして放送中にはホームチームを「非常にタフなチーム」「初戦(第1節)をトゥンベス(敵地)で落としているが、チームがしっかり機能すれば良い結果を得られるだろう」と述べた。

なお、結果は 0-2 でデポルティーボ・ラ・バルサは敗れて連敗を喫した。

補足までに、マンコはリーガ2(ペルー2部リーグ)の全日程を終えて、3部降格を免れリーガ2残留を果たしたファン・アウリッチを退団することをすでに発表。引退の意志はなく、2023年も現役を続ける意向を示しているため、これから移籍先を探すことになる。

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(32歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。2020年は前年王者のデポルティーボ・アリアンサ・ウニベルシダーに移籍してリベルタドーレスにも出場したが、COVID-19のパンデミックによる中断期間中に首脳陣と対立して退団。アトレティコ・グラウへ移籍したが、チームを残留には導けなかった。2021年にはアリアンサ・ウニベルシダーに加入したが、こちらでもチームを残留には導けず。2022年はキャリア初の2部リーグに舞台を移したが、半年足らずでサントス・デ・ナスカを退団。同年7月にファン・アウリッチに加入して、チームの残留には貢献した。元ペルー代表。

アナ・マンコさんが自身の美容健康法を公開 体の内外を整えたい方はぜひお試しあれ

2022.08.24 ベネズエラの芸能界

▲ アナ・マンコさんが自身の食生活を公開(写真提供:Instagram)

健康美を常に意識しているアナ・マンコさんが、自身の Instagram ストーリーズに日々の食生活を公開した。

アナ・マンコさんはまず、キウイを紹介。「バランスの取れた食事を摂る上で、キウイの摂取を習慣づけることはとても重要です。(キウイには)免疫アップと、抗酸化作用、そして胃腸や呼吸器系の機能改善に加えて、気分も良くなるなど有益な効果が多分にあります」と説明。キウイの素晴らしさを力説した。

食事だけでなく、日頃からジム通いを欠かさず、51歳とは思えない肉体美を惜しげもなく披露しているアナ・マンコさんは、スキンケアも兼ねてコラーゲンを日々摂取している様子を公開。グラスにコラーゲンを入れると、グレープフルーツジュースなどで割って体内に取り入れることを欠かさない様子を明かした。

健康美を意識される方は、性別を問わずアナ・マンコさんの美容健康法を参考にしてみるのはいかがだろうか。

◆ アナ・カリーナ・マンコ

本名:
アナ・カリーナ・マンコ・グスマン
生年月日:
1970年12月17日生まれ(51歳)
出身:
ベネズエラ(首都カラカス)
最終学歴:
サンタマリア大学、ベネズエラ中央大学
配偶者:
ビセンテ・イグナシオ・ペレス
子ども:
ディミトリ・ニコラス・ペレス・マンコ(息子)
アレクサ・カテリーナ・ペレス・マンコ(娘)
職業:
女優、モデル、声優、弁護士
twitter:
@akmanco
Instagram:
anakarinamanco
公式サイト:
anakarinamanco.com

4人兄弟の末っ子で、母は1960年代にラジオ番組のパーソナリティとして活躍したノルマ・テレーサ・マンコ・グスマンさん。13歳で舞台役者となったが、一旦芸能界から離れて17歳に復帰すると、複数の映画やドラマなどで主役や脇役を熱演した。1995年には当時の恋人ルイス・フェルナンド・キンテーロさんを旅客機墜落事故により失う不幸に遭遇したことで、1年間の休養を余儀なくされた。2002年5月25日に31歳でビセンテ・イグナシオ・ペレスさんと結婚して、二人の子どもに恵まれた。現在は米国のマイアミで家族と暮らしている。

スタンドからの侮辱に怒り心頭のマンコ 「奴らが続けるなら、近日中にも退団することになる」

2022.07.29 リーガ2 (ペルー2部リーグ) 2022

▲ ファン・アウリッチに加入してまもないマンコだが、低調なパフォーマンスはインチャの罵声を誘発する一因にもなっているとか

7月23日に行われたリーガ2(ペルー2部リーグ)の後期第4節で、元ペルー代表MFレイモン・マンコ擁するファン・アウリッチは、サントス・デ・ナスカに 0-1 で敗れた。サントス・デ・ナスカはマンコの古巣であり、マンコは古巣に恩返しもできなかった。

この試合でマンコはスタメンで出場したが、精彩を欠いた内容で攻守において存在感を示せず、58分にはラウール・アコスタとの交代でベンチに下がった。

リーガ2は前後期ともに優勝したチームのみがリーガ1(ペルー1部リーグ)昇格の権利を得られるが、前期で10位に甘んじたファン・アウリッチは、後半も約3分の1を消化して13チーム中12位と低迷。そうした情勢から、ファン・アウリッチのインチャ(サポーター)の中には、ふがいないチームに対して憤りを覚える者も少なくない。

そんな前述のサントス・デ・ナスカ戦を終えて、マンコがキレた。

マンコが激怒した理由は心ないインチャからの野次で、侮辱する言葉も多く聞かれたという。

「侮辱は看過できない。それがすべてだ。選手を罵倒するしかできない奴らは、スタジアムに来ないで家でテレビ観戦でもしていればいい。ファン・アウリッチがこの先強豪になりたいのならば、まずは忠実に応援してくれるインチャを増やすところから始めなければ。勝たなければ罵倒してくるような者に、インチャを名乗る資格はない」

不快感をあらわにしたマンコの怒りは、まだまだ収まらない。

「侮辱をやめようとしないし、罵詈雑言ばかりだと応援する気がないとしか言いようがない。私が言いたいのは、ファンであるならばたとえチームが負けてもサポートする気持ちが大切であるはずだということ。その点で奴らは我々選手を傷つけているだけなんだよ。侮辱、侮辱、侮辱…。仮に奴らが今後もこのような侮辱を続けるようなら、私は近日中にも退団することになる」

罵倒が収まらないなら、ファン・アウリッチのためにプレイはできないと明言したマンコ。言わば、自分の去就をちらつかせてインチャを教育しようとしているわけだ。

かつてはリーガ1に属していたファン・アウリッチは、今年がちょうど創立100周年の節目。加入してまもないマンコはチームの1部昇格のために尽力したい考えだが、インチャの態度が変わらないようなら契約解除もありうるかもしれない。

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(31歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。2020年は前年王者のデポルティーボ・アリアンサ・ウニベルシダーに移籍してリベルタドーレスにも出場したが、COVID-19のパンデミックによる中断期間中に首脳陣と対立して退団。アトレティコ・グラウへ移籍したが、チームを残留には導けなかった。2021年にはアリアンサ・ウニベルシダーに加入したが、こちらでもチームを残留には導けず。2022年はキャリア初の2部リーグに舞台を移したが、半年足らずでサントス・デ・ナスカを退団。同年7月にファン・アウリッチに加入した。元ペルー代表。

エロス・マンクーソが移籍後初スタメン あわや初ゴールの決定機を迎えるもチームは惜敗

2022.07.17 リーガ・プロフェシオナル(アルゼンチン1部リーグ) 2022

▲ セバスティアン・プリエート(20番)とマッチアップするエロス・マンクーソ(左)

7月18日にアルゼンチンのビクトリアで行われたリーガ・プロフェシオナルの第8節「ティグレ vs エストゥディアンテス」で、エロス・マンクーソが移籍後初出場を果たした。

25番を着けてスタメンに名を連ねたエロス・マンクーソは、機を見て右サイドを上がると、味方のヘディングシュートをお膳立てするなど攻守に存在感をみせた。

マンクーソ最大の見せ場は前半のアディショナルタイム。フェルナンド・スキが右足で直接フリーキックを放つと、キーパーが両手で弾いたが、セカンドボールをエロス・マンクーソが右足ボレーで合わせた。あわや移籍後初出場で初ゴールかと思われたが、ボレーシュートは惜しくも枠を捉えられず、マンクーソは悔しそうな表情を浮かべて自陣へと戻っていった。

試合は、0-2 にされて迎えた後半、60分にマンクーソら3人が交代になり、その後エストゥディアンテスは1点を返したが、試合には敗れた。

マンクーソは試合を終えて、新天地でデビューできた喜びを次のように表現している。

「負けたことは悔しいが、このシャツでデビューできたことは嬉しい。エストゥディアンテスでの仕事を続けていきたい」

リーガ・プロフェシオナル 2022 第8節 (2022/07/17)
ティグレ 2-1 エストゥディアンテス
マヌエル・ロッフォ GK マリアーノ・アンドゥハル
ルーカス・ブロンデル
ニコラス・デマルティーニ
セバスティアン・プリエート
ビクトル・カブレーラ
DF エロス・マンクーソ
(アンヘル・ゴンサーレス)
ルシアーノ・ロロ
エマヌエル・マス
ホルヘ・モレル 
セバスティアン・プレディヘル
ルーカス・メノッシ
(マルティン・オルテガ)
クリスティアン・サバーラ
(アレクシス・カストロ)
マルティン・ベロッティ
(パブロ・マニン)
MF マヌエル・カストロ 
(マテオ・ペレグリーノ)
レオナルデオ・エレーディア
(ベンハミン・ロレイセル)
フェルナンド・スキ
ホルヘ・ロドリゲス
フランコ・サピオラ
(パブロ・ピアッティ)
ファクンド・コリーディオ
ブラス・アルモア)
マテオ・レテーギ
(アグスティン・バルディ)
FW レアンドロ・ディアス
マテオ・レテーギ 17
ファクンド・コリーディオ 47
ゴール 68 パブロ・ピアッティ
マテオ・レテーギ
ビクトル・カブレーラ
イエロー
カード
フェルナンド・スキ
マテオ・ペレグリーノ
ディエゴ・マルティネス 監督 リカルド・シエリンスキ
主審: シルビオ・トルッコ
会場: エスタディオ・ホセ・デラジオバンナ (ビクトリア)

◆ エロス・マンクーソ

本名:
エロス・ナサレーノ・マンクーソ
生年月日:
1999年4月17日生まれ(23歳)
出身:
アルゼンチン(ブエノスアイレス州メルロ)
身長:
167cm
ポジション:
サイドバック

8歳でボカ・ジュニオルスの下部組織に入団すると、以降各年代のカテゴリーで中心選手として活躍。かつてはミッドフィルダーだったが、近年は右サイドバックとして起用されることが増えた。2021年にトップチームデビューを果たすと、12月11日のリーグ最終戦で待望の初ゴールをマークした。

11年ぶりの古巣復帰で練習初日を終えたマンコは満足 「なんて良い雰囲気なんだ!」

2022.07.13 リーガ2 (ペルー2部リーグ) 2022

▲ 2010〜2011年に所属していた古巣ファン・アウリッチへの復帰を果たしたレイモン・マンコ(左)

7月10日、リーガ2(ペルー2部リーグ)のファン・アウリッチが、元ペルー代表MFレイモン・マンコの加入を発表してから3日。13日の午後に、マンコがファン・アウリッチのチーム練習に顔を出した。

以前の現地報道ではファン・アウリッチはマンコの加入を拒んだとも報じられていたが、フタを開ければマンコは11年ぶりに古巣のメンバーになることが決定。ファン・アウリッチとしては、年内のリーガ1(ペルー1部リーグ)昇格を果たすためにマンコの力が必要と判断しての獲得になった。

マンコはオランダでの欧州挑戦がうまくいかず、母国ペルーに帰国して最初に所属したクラブがファン・アウリッチだった。11年以上前にチームメイトだった旧友の復帰を、ファン・アウリッチは次のように表現している。

「おかえり、マンコ」

マンコがチーム練習に合流した初日は終始和やかな空気で、マンコは自身の Instagram を通して「初日、なんて良い雰囲気なんだ!」と投稿した。

ファン・アウリッチは今年の前期で13チーム中10位と、マンコが直前に所属したサントス・デ・ナスカ(6位)よりも下位だった。マンコを補強した後期では、優勝して1部昇格に望みをつなげられるか。

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(31歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。2020年は前年王者のデポルティーボ・アリアンサ・ウニベルシダーに移籍してリベルタドーレスにも出場したが、COVID-19のパンデミックによる中断期間中に首脳陣と対立して退団。アトレティコ・グラウへ移籍したが、チームを残留には導けなかった。2021年にはアリアンサ・ウニベルシダーに加入したが、こちらでもチームを残留には導けず。2022年はキャリア初の2部リーグに舞台を移したが、半年足らずでサントス・デ・ナスカを退団。元ペルー代表。

マンコが半年足らずでサントス・デ・ナスカを退団 移籍先未定でしばらくフリー?

2022.07.08 リーガ2 (ペルー2部リーグ) 2022

▲ サントス・デ・ナスカがSNS上にアップしたマンコへの感謝を示す画像(左)

ペルー2部リーグのサントス・デ・ナスカ(正式名称はサントスFC)は8日、31歳の元ペルー代表MFレイモン・マンコの退団を発表した。

2022年1月12日にキャリア初の2部リーグでの挑戦を決めたマンコだったが、そこから半年足らずでチームを去ることになった。退団理由は不明だが、直近の1ヵ月はあまり試合に出ていなかった。

約半年の間で、マンコは6試合(294分間)出場。1ゴールを挙げたが、チームに大きく貢献したとは言いがたい成績だった。サントス・デ・ナスカは「GRACIAS MANCO」という画像を添えて、チームを去るマンコへの感謝を表現している。

ちなみに、マンコに対しては同じペルー2部リーグのファン・アウリッチが獲得を検討していて、交渉も進んでいたが、何らかの理由で破談になったという。

移籍先未定でしばらくフリーになるマンコは、次の所属先を探すことに専念する。

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(31歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。2020年は前年王者のデポルティーボ・アリアンサ・ウニベルシダーに移籍してリベルタドーレスにも出場したが、COVID-19のパンデミックによる中断期間中に首脳陣と対立して退団。アトレティコ・グラウへ移籍したが、チームを残留には導けなかった。2021年にはアリアンサ・ウニベルシダーに加入したが、こちらでもチームを残留には導けず。2022年はキャリア初の2部リーグに舞台を移したが、半年足らずでサントス・デ・ナスカを退団。元ペルー代表。

エストゥディアンテスがエロス・マンクーソを獲得 リベルタドーレスでも出場機会はあるか?

2022.06.29 リーガ・プロフェシオナル 2022 (アルゼンチン1部リーグ 2022)

▲ 先日ボカを退団した23歳のエロス・マンクーソはエストゥディアンテスに加入することが決まった

アルゼンチンの名門エストゥディアンテスは6月29日、23歳のエロス・マンクーソを移籍金なしのフリーで獲得したことを公式発表した。契約期間は2023年12月までの1年半。

エロス・マンクーソは8歳でボカ・ジュニオルスの下部組織に入り、スキルアップして各年代のカテゴリーで主力として躍動。しかしトップカテゴリーに昇格以降は選手層の厚さもあって出場機会は限られていた。

エストゥディアンテスは期限付き移籍で加入していたウルグアイ人のエマヌエル・ベルトランが、契約期限を迎えてセロ・ラルゴへ戻ったこともあり、同選手の代役を探していてエロス・マンクーソと契約するに至ったという。

エロス・マンクーソはすでに前週にメディカルチェックを済ませていて、この日は入団会見のみ。最近までボカでトレーニングを積んでいただけに、実戦での出場まで時間はかからなさそうだ。リベルタドーレスでもマンクーソに出場機会は与えられるか。

◆ エロス・マンクーソ

本名:
エロス・ナサレーノ・マンクーソ
生年月日:
1999年4月17日生まれ(22歳)
出身:
アルゼンチン(ブエノスアイレス州メルロ)
身長:
167cm
ポジション:
サイドバック

8歳でボカ・ジュニオルスの下部組織に入団すると、以降各年代のカテゴリーで中心選手として活躍。かつてはミッドフィルダーだったが、近年は右サイドバックとして起用されることが増えた。2021年にトップチームデビューを果たすと、12月11日のリーグ最終戦で待望の初ゴールをマークした。

ボカでは出場機会に恵まれなかったエロス・マンクーソ エストゥディアンテス加入へ口頭で合意か

2022.06.24 リーガ・プロフェシオナル 2022 (アルゼンチン1部リーグ 2022)

▲ ボカではカップ戦要員に過ぎずエロス・マンクーソ(40番)は出場機会が少なかった

ボカ・ジュニオルスの下部組織出身でファン・ロマン・リケルメ副会長とも親交のあるエロス・マンクーソが、ボカとの契約を解消したという。そしてマンクーソは移籍金なしのフリーでエストゥディアンテスに加入する方向で、口頭での合意に至っていると現地メディアは報じている。

2021年12月にボカでのキャリア初ゴールをマークしたエロス・マンクーソだったが、右サイドバックとしての評価でペルー代表DFルイス・アドビンクラは超えられず、ベンチを温める日が多かった。スタメンで出られてもアルゼンチン国内のカップ戦が主で、リベルタドーレスでも出場機会には恵まれていなかった。

ボカで居場所がなくなっていたマンクーソに対し、ボカは契約解除を提案。マンクーソも受け入れて、双方合意の上での退団となった。

そんなマンクーソにオファーを出したのがエストゥディアンテスで、公式発表はまだだが2023年12月までの契約で口頭では合意に至っているという。マンクーソに対しては他にもヒムナシア・ラ・プラタなど複数のクラブもオファーを出したようだが、エストゥディアンテスの提示した条件がマンクーソにとっては最も魅力的に映ったと現地メディアは報じている。

リベルタドーレスで決勝トーナメントに臨むエストゥディアンテスは、DFファビアン・ノゲーラ(29歳)との契約を6ヵ月延長することに成功したほか、アトレティコ・トゥクマンで10番と着けるレオナルド・エレーディア(26歳)とも加入する方向で口頭での合意に至ったとのこと。戦力強化を弾みに、エストゥディアンテスは2009年以来13年ぶりの南米王者を目指す。

◆ エロス・マンクーソ

本名:
エロス・ナサレーノ・マンクーソ
生年月日:
1999年4月17日生まれ(23歳)
出身:
アルゼンチン(ブエノスアイレス州メルロ)
身長:
167cm
ポジション:
サイドバック

8歳でボカ・ジュニオルスの下部組織に入団すると、以降各年代のカテゴリーで中心選手として活躍。かつてはミッドフィルダーだったが、近年は右サイドバックとして起用されることが増えた。2021年にトップチームデビューを果たすと、12月11日のリーグ最終戦で待望の初ゴールをマークした。

ワールドカップ期間中は開催国でのセックス禁止 カタールへ行くカップル(夫婦を除く)は御用心

2022.06.23 FIFAワールドカップ 2022

11月にワールドカップが開催されるカタールまで観戦しに行く外国人には、「絶対に忘れてはいけない法律」があることをご承知だろうか。それは、セックスに関する法律だ。

厳格なイスラム教国であるカタールでは、婚姻関係にない男女間の性行為、ならびに同性愛を厳禁とする法律があり、違反した場合は最長で懲役7年の禁固刑に処せられるという。そのため、現地当局は「刑務所に行きたくなければ、不要な性行為は慎んだほうが身のため」との見解を示した。

他にも、試合の前後に市中での愛情表現(キスやハグなど)や、アルコールの摂取(飲酒)なども禁止されているため、平素その手の制約を受けていない国から訪れる外国人観客は、十分な注意が必要だ。

これに対し、FIFA(国際サッカー連盟)は「すべてのファンのプライバシーは尊重される」と宣言。夫婦以外のセックスも問題ないとの見解を示したが、この点に関してカタール政府からの回答は今のところ不明だ。FIFAとカタール政府との間での調整に委ねられるということか。婚姻関係がなければアウトということは、正式に交際しているカップルはもちろん、現地でのワンナイトラブなど言語道断ということになる。

果たして、ワールドカップ期間中にセックスしたことで刑務所にぶち込まれる者は出てしまうのか。余談だが、さかのぼること8年前のブラジルW杯では、元コロンビア代表MFカルロス・バルデラマ氏が選手に向けてワールドカップ期間中にセックスをするよう説いたこともある。

筋骨隆々の肉体美に大興奮のアナ・マンコさん 建築現場で「我慢できない」と動画撮影

2022.06.20 ベネズエラの芸能界

▲ 家族でロンドン旅行を満喫中のアナ・マンコさん

アナ・マンコさんは筋肉フェチである。

ベネズエラ出身で現在は家族でアメリカに在住のアナ・マンコさんは現在、英国の首都ロンドンを観光中。COVID-19(新型コロナウイルス感染症)のパンデミックもあって気軽に欧州旅行ができずにいたが、やっと自身の旅行も解禁した。アナ・マンコさんはロンドンがお気に入りの様子で、自身のSNSにも次のように投稿して、『ロンドン愛』をアピールしている。

「私はロンドンが大好き。だけどここ数年は来られていなかったから、子どもたちといっしょにロンドンに戻ってこられたことは『最高』よね」

そんなアナ・マンコさんのロンドンでのルーティーンは、毎朝のお散歩。とりわけ、散歩に出かける際に見かける光景に心奪われ夢中だという。その光景とは、建築現場で汗水流して働いている屈強な男たち。汗でシャツが汚れるからと、上半身裸になって仕事に取り組むマッチョマンの肉体美に、アナ・マンコさんは毎度見とれているようで、ついついスマホを向けて動画撮影を楽しんでいるのだ。

「毎朝私がホテルを出るとき、近くの建設現場で仕事を頑張っているムキムキの男たち(建設作業員)を見かけると、動画を撮らずにはいられないの」

事実、Instagram に投稿した動画で、屈強な建設作業員の肉体美を目の当たりにしたアナ・マンコさんが、興奮のあまり「Wow!」と声を出して称賛している様子も、音声として記録されている。

アナ・マンコさん曰く、ロンドンの建設作業員の肉体美は、ベネズエラでは見られないとのこと。それゆえか、ロンドンで見かけた建設作業員の肉体美に魅了されたアナ・マンコさんが思わず動画を撮ったことは、本能の結果なのであろう。

ただ、この動画投稿に対しては同世代のベネズエラ出身女優であるカテリーナ・バレンティーノさんら複数の女優仲間から「貴女、男の筋肉に興奮しただけでしょう?ww」といった反応も寄せられていて、なかば笑いのタネになっている。

筋肉フェチなアナ・マンコさんの、ロンドン旅行はしばらく続く模様。

◆ アナ・カリーナ・マンコ

本名:
アナ・カリーナ・マンコ・グスマン
生年月日:
1967年12月17日生まれ(54歳)
出身:
ベネズエラ(首都カラカス)
最終学歴:
サンタマリア大学、ベネズエラ中央大学
配偶者:
ビセンテ・イグナシオ・ペレス
子ども:
ディミトリ・ニコラス・ペレス・マンコ(息子)
アレクサ・カテリーナ・ペレス・マンコ(娘)
職業:
女優、モデル、声優、弁護士
twitter:
@akmanco
Instagram:
anakarinamanco
公式サイト:
anakarinamanco.com

4人兄弟の末っ子で、母は1960年代にラジオ番組のパーソナリティとして活躍したノルマ・テレーサ・マンコ・グスマンさん。13歳で舞台役者となったが、一旦芸能界から離れて17歳に復帰すると、複数の映画やドラマなどで主役や脇役を熱演した。1995年には当時の恋人ルイス・フェルナンド・キンテーロさんを旅客機墜落事故により失う不幸に遭遇したことで、1年間の休養を余儀なくされた。2002年5月25日に31歳でビセンテ・イグナシオ・ペレスさんと結婚して、二人の子どもに恵まれた。現在は米国のマイアミで家族と暮らしている。

マンコが今季初ゴール! 先制点にも関与して2点に絡む活躍でチームの勝利に貢献

2022.05.08 リーガ2 (ペルー2部リーグ) 2022

▲ 82分にヘディングで今季初ゴールを決めた元ペルー代表MFレイモン・マンコ(青)

5月6〜8日にペルーで行われたリーガ1(ペルー1部リーグ)の後期第3節。ナスカで行われた「サントス・デ・ナスカ vs コメルシアンテス・ウニードス」で、元ペルー代表MFレイモン・マンコが今季初ゴールを決めた。

この日のマンコはベンチスタートで、前半は互いに一歩も譲らずスコアレスでハーフタイムを迎えた。

すると後半、サントス・デ・ナスカのオルランド・ラバーレ監督は開始からマンコを投入。するとマンコがピッチに入ったことでサントス・デ・ナスカのパスワークは向上。そして迎えた59分、右サイドに開いた味方のパスに反応したマンコは、追いかけたボールをゴール前には折り返さず、ヒールキックで味方に戻した。最後はシュート性のクロスをコロンビア人のルイス・アルベルト・ペレアが右足でゴールに押し込んで、先制点をもたらした。

マンコの今季初ゴールは82分。カウンターで右サイドを駆け上がったデニルソン・ラミーレスがクロスを上げると、ゴール前で待ち構えたマンコが頭で合わせてゴール隅に流し込んだ。

マンコの全得点に絡む活躍で今季2勝目を挙げたサントス・デ・ナスカは、9位から4位に浮上した。

リーガ2(ペルー2部リーグ) 2022 前期 第6節 (2022/05/08)
サントス・デ・ナスカ 2-0 コメルシアンテス・ウニードス
ロドルフォ・アンデルソン GK フリオ・アリアーガ
ジャン・フランコ・ファルコニー
ルイス・ロメーロ
ルイス・フェリペ・カルドーサ
ブライアン・オルメーニョ
DF ギジェルモ・エチェアンディーア
(エリック・コアボイ)
ファブリシオ・シルバ
パオロ・メンデス
エディッソン・クンチョ
(イチロー・プラセンシア)
ビクトル・カストリジョン
(レイモン・マンコ)
ジェフェルソン・ナバーロ
エルナン・イノストローサ
アルバロ・パチャモーロ
(デニルソン・ラミーレス)
MF リチャール・チャベス
(クラウディオ・ベラスケス)
セサル・シエーサ
ピエロ・カベル
(フランチェスコ・レカルデ)
ジャイルシーニョ・ゴンサーレス
ケニイ・バリオス
(ホスエー・エレーラ)
ルイス・アルベルト・ペレア
(ジャンカルロ・チリーノス)
FW ジョニー・カノ
(エリック・トーレス)
マティアス・セン
ルイス・アルベルト・ペレア 59
レイモン・マンコ 82
ゴール
ルイス・ロメーロ イエロー
カード
ファブリシオ・シルバ
レッド
カード
ファブリシオ・シルバ
オルランド・ラバーレ 監督 サロモン・パレーデス
主審: セサル・ガルシア
会場: エスタディオ・ムニシパル (ナスカ)

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(31歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。2020年は前年王者のデポルティーボ・アリアンサ・ウニベルシダーに移籍してリベルタドーレスにも出場したが、COVID-19のパンデミックによる中断期間中に首脳陣と対立して退団。アトレティコ・グラウへ移籍したが、チームを残留には導けなかった。2021年にはアリアンサ・ウニベルシダーに加入したが、こちらでもチームを残留には導けず。2022年はキャリア初の2部リーグに舞台を移した。元ペルー代表。

父を亡くして悲しみに暮れるマンコが哀悼 「貴方は常に我々の前にいます」 「愛してる」

2022.04.21 リーガ2 (ペルー2部リーグ) 2022

▲ 生前の父親を看病していたレイモン・マンコ(右)

マンコの父が逝去したことを、息子が4月21日の朝に自身の Instagram で発表した。

現在31歳のレイモン・マンコは、療養中の父親を以前から看病していたが、20日もしくは21日の未明に天国へ旅立ったようだ。なお、故人の享年や死因は不明。

愛する父を亡くした悲しみを、マンコは次のように表現している。

「ミ・パドレ(我が父)、貴方は常に我々の前にいます。安らかにお休みください。私は貴方を愛しています。これからもずっと」

深い悲しみに暮れているマンコは、「生前に残した遺言に従う」ことも誓っている。

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(31歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。2020年は前年王者のデポルティーボ・アリアンサ・ウニベルシダーに移籍してリベルタドーレスにも出場したが、COVID-19のパンデミックによる中断期間中に首脳陣と対立して退団。アトレティコ・グラウへ移籍したが、チームを残留には導けなかった。2021年にはアリアンサ・ウニベルシダーに加入したが、こちらでもチームを残留には導けず。2022年はキャリア初の2部リーグに舞台を移した。元ペルー代表。