マンコの新天地決定 ペルー2部のサントス・デ・ナスカへの加入が決まる

2022.01.12 リーガ2 (ペルー2部リーグ) 2022

▲ サントス・デ・ナスカへの加入が決まり入団会見で両手の親指を立てるレイモン・マンコ(中央)

マンコの新天地が決まった。サントス・デ・ナスカは12日、31歳の元ペルー代表MFレイモン・マンコの加入を発表した。

サントス・デ・ナスカは標高500mほどのナスカをホームタウンとする、1976年創立のクラブチーム。昨年のリーガ2(ペルー2部リーグ)では前期が12チーム中7位で、後期は12チーム中11位と低迷した。リーガ2は前後期の合計勝ち点で6位以内に入れば決勝トーナメントに進出できるレギュレーションだが、昨年のサントス・デ・ナスカは下から3番目の10位だった。チームのリーガ1昇格を実現させるべく、サントス・デ・ナスカはマンコに託すこととなった。

マンコは2020年にアトレティコ・グラウをリーガ1で残留に導けず、2021年にはアリアンサ・ウニベルシダーを残留に導けなかった。不名誉な「降格請負人」のレッテルを剥がすべく、2022年はサントス・デ・ナスカを昇格に導けるか。

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(31歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。2020年は前年王者のデポルティーボ・アリアンサ・ウニベルシダーに移籍してリベルタドーレスにも出場したが、COVID-19のパンデミックによる中断期間中に首脳陣と対立して退団。アトレティコ・グラウへ移籍したが、チームを残留には導けなかった。2021年にはアリアンサ・ウニベルシダーに加入したが、こちらでもチームを残留には導けず。元ペルー代表。

家族で帰省できなかったマンコの元妻 フィオレーラさんが一人で帰国した理由とは

2022.01.08 マンコの元妻

▲ 2022年の年明けをTikTokなどでアピールしたフィオレーラ・アルサモーラさん。2013年には元ペルー代表MFレイモン・マンコと結婚し、2年弱ほどマンコの妻だった。

フィオレーラ・アルサモーラさんは、2022年の年明けを家族と過ごさなかった。過ごさなかったのではなく、過ごせなかった。

フィオレーラさんは現在の夫や子どもとともに彼女の母国ペルーで年を越す予定だったが、彼女の息子がパスポートを紛失してしまったため渡航できず、その結果フィオレーラさんが一人で帰省することに。実家で両親と新年を迎えた彼女は、1月4日に夫と息子が待つスウェーデンに戻っていった。

「夫はペルーに行くつもりでいたのよ。でも、いくつかの不便があって叶わなかったの。息子がパスポートを紛失しちゃってね。それで仕方なく私だけペルーに帰ったの。夫と息子に早く会いたかったから、新年を迎えてからすぐスウェーデンに戻ったわ」

フィオレーラ・アルサモーラさんは、2013年から2年間、レイモン・マンコと婚姻関係にあった。マンコの妻であった頃には、ペルー代表FWパオロ・ゲレーロと不貞行為に及んでいた事実を離婚後に暴露して一躍時の人となった。その後は結婚と離婚を繰り返し、「21世紀のエリザベス・テイラーになる」と公言したこともある。

十数年の歳月が流れて エロス・マンクーソがリケルメ副会長と再び2ショット写真を撮る

2021.12.18 コパ・アルヘンティーナ 2019-2020

▲ ボカ・ジュニオルスのエロス・マンクーソとファン・ロマン・リケルメ副会長の2ショット写真。左はマンクーソがジュニアユース時代のもので、右は今年コパ・アルヘンティーナの優勝後

12月8日にサンティアゴ・デル・エステーロで行われたコパ・アルヘンティーナの決勝「タジェーレス × ボカ・ジュニオルス」は、ボカがPK戦を制して優勝した。

コパ・アルヘンティーナの決勝では出場機会がなかった右サイドバックのエロス・マンクーソも、優勝の喜びを噛みしめた。そしてコパのトロフィーを抱えたマンクーソは、ファン・ロマン・リケルメ副会長と笑顔で2ショット写真に収まり、その写真を公表した。

ボカの下部組織出身のエロス・マンクーソは小学生の頃に、当時現役でボカの選手だったファン・ロマン・リケルメ副会長と2ショット写真を撮っていた。それから十数年の歳月が流れて、マンクーソは今度はコパ・アルヘンティーナのトロフィーを手に再びリケルメ副会長と2ショット写真を撮る機会に恵まれたのであった。

マンクーソの確かな成長を確認できるリケルメ副会長との2ショット写真は、ボケンセをワクワクさせるのに十分なものだった。

◆ エロス・マンクーソ

本名:
エロス・ナサレーノ・マンクーソ
生年月日:
1999年4月17日生まれ(22歳)
出身:
アルゼンチン(ブエノスアイレス州メルロ)
身長:
167cm
ポジション:
サイドバック

8歳でボカ・ジュニオルスの下部組織に入団すると、以降各年代のカテゴリーで中心選手として活躍。かつてはミッドフィルダーだったが、近年は右サイドバックとして起用されることが増えた。2021年にトップチームデビューを果たすと、12月11日のリーグ最終戦で待望の初ゴールをマークした。

マンコの脳裏に焼き付いている欧州時代の記憶 「マスチェラーノに突き飛ばされた」

2021.12.18 UEFAチャンピオンズリーグ 2008-2009

▲ 2008〜2009年にオランダの名門PSVアイントホーフェンに所属していた頃のレイモン・マンコ

マンコが、若き頃の思い出を語った。PSVアイントホーフェン(オランダ)に移籍して一年目の2008年に初出場した、UEFAチャンピオンズリーグでの話だ。

PSVといえば、過去には(当時ブラジル代表だった)ホマーリオやホナウド、そして(ペルー代表FW)ジェフェルソン・ファルファンなど数々の南米選手が、ビッグクラブ移籍への足掛かりにしたオランダの名門。現在は母国ペルーのクラブチームを渡り歩いている31歳のレイモン・マンコも、2007年のU-17南米選手権で最高の選手と称されて翌2008年にはPSVに移籍した。若きマンコがこれから飛躍を遂げるはずの一年目だった。

マンコは、2008年10月1日に行われたUEFAチャンピオンズリーグの「PSV vs リヴァプール」に80分から途中出場。この日がチャンピオンズリーグでのデビュー戦となったマンコは、まずキックオフの前に対戦相手のベンチ要員を確認して驚いたと振り返った。

「私が欧州での選手生活で最もよく覚えているのは、チャンピオンズリーグでのデビューとなったリヴァプール戦。あの日のリヴァプールは主力を温存していて、ベンチにはシャビ・アロンソやスティーヴン・ジェラード、ルイス・スアーレスがいたんだ。プレイステーションで遊んでいるような気分だったよ」

そしてマンコは、1-3 の2点ビハインドで迎えた80分に、(当時エクアドル代表MF)エディソン・メンデスとの交代で途中出場。マンコの脳裏には、試合での思い出も鮮明に焼き付いている。

「ハビエル・マスチェラーノに突き飛ばされたね。私が最初にボールに触れたときだったことも覚えているよ。試合後には彼(マスチェラーノ)とシャツ交換もしたね」

当時はコロンビア代表MFハメス・ロドリゲスよりも高い評価を受けていたマンコだったが、その後マンコが“先輩方”のように飛躍することはなかった。

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(31歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。2020年は前年王者のデポルティーボ・アリアンサ・ウニベルシダーに移籍してリベルタドーレスにも出場したが、COVID-19のパンデミックによる中断期間中に首脳陣と対立して退団。アトレティコ・グラウへ移籍したが、チームを残留には導けなかった。2021年にはアリアンサ・ウニベルシダーに加入したが、こちらでもチームを残留には導けず。元ペルー代表。

エロス・マンクーソが今季最終戦でプロ初ゴール アシストも記録して来年はリベルタドーレスへ

2021.12.11 トルネオ・デ・ラ・リーガ・プロフェシオナル 2021 (アルゼンチン1部リーグ) 2021

▲ 12月11日のセントラル・コルドバ戦で59分にプロ初ゴールをマークしたエロス・マンクーソは叫びながらラ・ボンボネーラのピッチを駆け回った

12月11日にアルゼンチンの首都ブエノスアイレスで行われた「ボカ・ジュニオルス × セントラル・コルドバ」で、下部組織上がりのエロス・マンクーソがプロ初ゴールをマークした。

エロス・マンクーソがゴールを決めたのは、59分。左サイドからのクロスはフィニッシュに至らなかったが、こぼれ球を拾ったエドゥアルド・サルビオが右でフリーになっていたエロス・マンクーソにボールを送った。マンクーソは右足を振り抜くと、ボールはキーパーの脇をすり抜けてゴールネットに突き刺さった。ゴールを決めたマンクーソは叫びながら駆け出し、サルビオらチームメイトは抱擁でマンクーソを祝福した。

マンクーソは後半のアディショナルタイムにも、コロンビア代表FWセバスティアン・ビジャのゴールをお膳立てするクロスを上げるなど、積極的な攻撃参加でチームの圧勝に貢献。ボカは2022年のリベルタドーレスにグループリーグから出場する予定で、エロス・マンクーソはこれから先、国際舞台でも活躍が期待される一人である。

◆ エロス・マンクーソ

本名:
エロス・ナサレーノ・マンクーソ
生年月日:
1999年4月17日生まれ(22歳)
出身:
アルゼンチン(ブエノスアイレス州メルロ)
身長:
167cm
ポジション:
サイドバック

8歳でボカ・ジュニオルスの下部組織に入団すると、以降各年代のカテゴリーで中心選手として活躍。かつてはミッドフィルダーだったが、近年は右サイドバックとして起用されることが増えた。2021年にトップチームデビューを果たすと、12月11日のリーグ最終戦で待望の初ゴールをマークした。

アナ・マンコさんも追悼 「私に台本を送ってくれた初めての人」 「私が必要と言ってくれた」

2020.12.03 ベネズエラの芸能界

▲ アナ・マンコさんも師と仰ぐ一人だったアルキメデス・リベーロ氏。生前は「ベネズエラのメロドラマのドン」として名を馳せた

12月2日、キューバ出身のドラマプロデューサーであるアルキメデス・リベーロ氏が、アメリカのマイアミで亡くなった。91歳だった。

生前「ベネズエラのメロドラマのドン」として名を馳せたリベーロ氏は、キューバ西部のピナル・デル・リオ出身だが、ドラマ・映画界でのキャリアはベネズエラでスタート。以降、半世紀以上にわたって俳優、映画監督、メロドラマプロデューサーとマルチに活躍。1954年にベネズエラで定住してから制作したラジオドラマ「〜死の女神〜マルティン・バリエンテ」は、歴史に残る大作で多くのベネズエラ人を魅了した。晩年はアメリカに渡り、マイアミで過ごしていた。

ベネズエラ出身で現在はアメリカ在住のアナ・マンコさんもまた、故人を師と仰ぐ一人。アナ・マンコさんは、生前のリベーロ氏との思い出を次のように明かしている。

「アルキメデスは、私の自宅に台本を送ってくれた初めての人でした。彼は私に台本を読むように話し、『気に入ったら演じてくれ』と言ってきました。政情不安が顕著だった当時の東ヨーロッパの人々に元気を与えるために、私が必要と言ってくれたのです」

「彼の仕事っぷりは素晴らしかったわ。彼は私をスターにしてくれたの!」

生前、キューバとベネズエラの両方でラジオ、テレビを問わず多くのメロドラマを輩出したリベーロ氏は、死してもなおアナ・マンコさんの心の中で生き続ける。

◆ アナ・カリーナ・マンコ

本名:
アナ・カリーナ・マンコ・グスマン
生年月日:
1967年12月17日生まれ(53歳)
出身:
ベネズエラ(首都カラカス)
最終学歴:
サンタマリア大学、ベネズエラ中央大学
配偶者:
ビセンテ・イグナシオ・ペレス
子ども:
ディミトリ・ニコラス・ペレス・マンコ(息子)
アレクサ・カテリーナ・ペレス・マンコ(娘)
職業:
女優、モデル、声優、弁護士
twitter:
@akmanco
Instagram:
anakarinamanco
公式サイト:
anakarinamanco.com

4人兄弟の末っ子で、母は1960年代にラジオ番組のパーソナリティとして活躍したノルマ・テレーサ・マンコ・グスマンさん。13歳で舞台役者となったが、一旦芸能界から離れて17歳に復帰すると、複数の映画やドラマなどで主役や脇役を熱演した。1995年には当時の恋人ルイス・フェルナンド・キンテーロさんを旅客機墜落事故により失う不幸に遭遇したことで、1年間の休養を余儀なくされた。2002年5月25日に31歳でビセンテ・イグナシオ・ペレスさんと結婚して、二人の子どもに恵まれた。現在は米国のマイアミで家族と暮らしている。

マンコの移籍先決定報道はフライング カルロス・ステインの監督が「マンコは来ない」と否定

2021.12.03 リーガ1 (ペルー1部リーグ) 2021

▲ ペルー国内のメディアでカルロス・ステインへの加入で口頭での合意に達したと報じられたマンコだが…

マンコが2022年はカルロス・ステインでプレイすることになると複数のペルー国内メディアが報じたばかりだが、同クラブのハイル・ブトロン監督は一連の報道に否定的なコメントを残した。

「いや、マンコは来ない。彼の名前は補強リストに挙がっていない。だからなぜそのような報道が出たのかもわからない」

ブトロン監督は来季に向けて補強を進めていることは認めたものの、補強策にマンコが含まれてはいないと述べた。カルロス・ステインと口頭で合意に達したと報じられた、ペルーでの報道はフライングだったようだ。決まりかけていたと思われたマンコの移籍先は、どこになるのか。

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(31歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。2020年は前年王者のデポルティーボ・アリアンサ・ウニベルシダーに移籍してリベルタドーレスにも出場したが、COVID-19のパンデミックによる中断期間中に首脳陣と対立して退団。アトレティコ・グラウへ移籍したが、チームを残留には導けなかった。2021年にはアリアンサ・ウニベルシダーに加入したが、こちらでもチームを残留には導けず。元ペルー代表。

マンコの新天地はカルロス・ステイン マンコ本人の休暇終了後に契約書へのサインを予定

2021.12.01 リーガ1 (ペルー1部リーグ) 2022

▲ 2022年はカルロス・ステインでプレイするとみられている元ペルー代表MFレイモン・マンコ (画像はウニオン・コメルシオ時代のもの)

マンコが口頭で合意に達したようだ。

2021年のリーガ2(ペルー2部リーグ)で上位に食い込み、デポルティーボ・ビナシオナルとの入れ替え戦を制して昇格最後の切符を手にしたカルロス・ステインが、31歳の元ペルー代表MFレイモン・マンコと契約に関して口頭で合意に達したと現地メディアが報じた。

カルロス・ステインを率いるハイル・ブトロン監督は、昇格決定直後からマンコを欲しがっていて、このたび同監督の願いが叶った形。クラブのスタッフは早めにマンコとの交渉に動いていたようで、交渉は順調に進み、そして口頭での合意に達した模様。契約書へのサインは、マンコが休暇を終えてからになるとのことだ。

2022年も、マンコはリーガ1(ペルー1部リーグ)でプレイすることになる。

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(31歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。2020年は前年王者のデポルティーボ・アリアンサ・ウニベルシダーに移籍してリベルタドーレスにも出場したが、COVID-19のパンデミックによる中断期間中に首脳陣と対立して退団。アトレティコ・グラウへ移籍したが、チームを残留には導けなかった。2021年にはアリアンサ・ウニベルシダーに加入したが、こちらでもチームを残留には導けず。元ペルー代表。

マンコがマンCのユニを着てアマチュア大会に出場 PKをラボーナで狙うもクロスバーに当てる

2021.11.27 リーガ1 (ペルー1部リーグ) 2021

▲ ワヌコで開催されたアマチュア大会に参加したレイモン・マンコ

31歳のマンコがワヌコで直接フリーキックを決めるも、わざわざラボーナで蹴ったPKは失敗する出来事があった。

現在オフシーズンを過ごしているレイモン・マンコは、コンディションを維持する目的でワヌコで開催されたアマチュア大会(コパ・モリノス)に参加。マンチェスター・シティのレプリカユニフォームを着たレアル・コチャートというチームに加わり、10番を着けてスタメン出場。すると足元の悪いピッチをものともせずに、直接フリーキックを決めてチームに2点目をもたらすなど、元ペルー代表ならではの存在感を示した。

だが、マンコが最も注目を集めたのは「成功」より「失敗」のほうだった。

相手のファウルでレアル・コチャートにPKが与えられたのだが、キッカーを務めたマンコはボールから左後方でなく、右後方へと数歩下がる。利き足が右足のマンコなら本来は左後方に下がって助走するところだが、これには理由があり。マンコは軸足の左足でボールの右側付近を踏み込むと、右足を軸足の後ろに回してラボーナでPKを決めようとした。しかし、ボールはキーパーの裏をかいたもののクロスバーを直撃。浮いたボールはキーパーにキャッチされたため、マンコのラボーナは失敗に終わったのであった。

マンコは現在、アリアンサ・ウニベルシダー所属だが、同クラブとの契約は2021年11月30日に満了を迎える予定で、移籍先は決まっていない。

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(31歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。2020年は前年王者のデポルティーボ・アリアンサ・ウニベルシダーに移籍してリベルタドーレスにも出場したが、COVID-19のパンデミックによる中断期間中に首脳陣と対立して退団。アトレティコ・グラウへ移籍したが、チームを残留には導けなかった。2021年にはアリアンサ・ウニベルシダーに加入したが、こちらでもチームを残留には導けず。元ペルー代表。

人気者のマンコは2022年もペルーでプレイか 昇格組カルロス・ステインなどが獲得を検討

2021.11.09 リーガ1 (ペルー1部リーグ) 2021

▲ 2022年には別のクラブでプレイしている可能性があるとみられる元ペルー代表MFレイモン・マンコ

マンコにはまだまだ需要がある。31歳の元ペルー代表MFレイモン・マンコは、2022年も引き続きペルー国内のクラブでプレイすることになるとみられている。

マンコの獲得を検討しているのは、ペルー北部のランバイェケをホームタウンとするカルロス・ステイン。2012年創立の新興チームで、2020年に初めてリーガ1(1部)に昇格したが、1年でリーガ2(2部)に降格。そして再び1年でリーガ1に昇格を決めたばかりだ。

カルロス・ステインは、2022年ではリーガ1残留が目標。そのための補強策として、マンコの獲得を検討しているという。

マンコは2020年にアトレティコ・グラウをリーガ1残留に導けず、翌2021年にはアリアンサ・ウニベルシダーを同じく残留に導けなかった。それでもマンコを必要とするクラブはカルロス・ステイン以外にも複数あり、マンコはこのオフシーズンにいくつかのオファーをもらうと現地では報じられている。

マンコは現在、オフシーズンを利用して家族と休暇を過ごしている。

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(31歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。2020年は前年王者のデポルティーボ・アリアンサ・ウニベルシダーに移籍してリベルタドーレスにも出場したが、COVID-19のパンデミックによる中断期間中に首脳陣と対立して退団。アトレティコ・グラウへ移籍したが、チームを残留には導けなかった。2021年にはアリアンサ・ウニベルシダーに加入したが、こちらでもチームを残留には導けず。元ペルー代表。

かつては“残留請負人”だったマンコ 2年連続で所属チームを残留させられず

2021.10.31 リーガ1 (ペルー1部リーグ) 2021

▲ レイモン・マンコは2021年をアリアンサ・ウニベルシダーで戦ったが、チームは2部降格となってしまった。

マンコは“残留請負人”になれなかった。2021年のリーガ1(ペルー1部リーグ)は年間王者決定戦を残すのみとなり、リーガ2(ペルー2部リーグ)への降格チームも決定。元ペルー代表MFレイモン・マンコを擁するアリアンサ・ウニベルシダーは、年間の合計勝ち点で18チーム中最下位となったため、降格が決まった。

かつてのマンコは、ペルー国内で低迷するクラブチームに加入しては何度か残留に導いてきた。2019年にはピンク色のユニフォームに袖を通して、スポルト・ボーイスを最終節で1部残留に導いたこともあった。

しかし、2020年はシーズン途中に加入したアトレティコ・グラウを残留に導けず退団。2021年はアリアンサ・ウニベルシダーの一員としてプレイしていたが、前年に続いて残留失敗となった。

2020年のマンコは26試合に出場したが、今年のマンコは出場試合数がわずか14と出場機会も減少。シーズン終盤となった10月はベンチにも入らない日々。10月30日の後期最終節でもベンチ入りしなかったが、その理由について本人からのコメントはなく、フリオ・セサル・ウリーベ監督からも明らかにはされていない。

2022年、31歳のマンコはどのクラブでプレイしているのか。そして、マンコが目指しているペルー代表への復帰は叶うのか。

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(31歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。2020年は前年王者のデポルティーボ・アリアンサ・ウニベルシダーに移籍してリベルタドーレスにも出場したが、COVID-19のパンデミックによる中断期間中に首脳陣と対立して退団。アトレティコ・グラウへ移籍したが、チームを残留には導けなかった。2021年にはアリアンサ・ウニベルシダーに加入したが、こちらでもチームを残留には導けず。元ペルー代表。

マンコの元妻にレズビアン疑惑が浮上 本人は「友達への愛情表現」と回答して疑惑を一蹴

2021.10.23 マンコの元妻のエピソード

▲ マンコの元妻であるフィオレーラ・アルサモーラさんが女性とフレンチキスをしている動画が流出 (写真提供:Instagram)

マンコの元妻が、ナイトクラブで女性とキスしている様子が拡散されて、物議を醸している。

Instagramに投稿された動画には、暗がりに派手なライトが照らすナイトクラブでの様子が。そこには、かつて元ペルー代表MFレイモン・マンコの妻であったフィオレーラ・アルサモーラさんが、若い女性とフレンチキスをしている様子が収められていた。

この動画が流出すると、フィオレーラさんはSNS上でフォロワーの質問に回答。キスした相手は友人とのことで、「それは私の友達への愛情表現です」と回答し、レズビアン疑惑を一蹴した。

フィオレーラさんは、レイモン・マンコと夫婦だった2013〜2014年頃に不倫していた過去を明かしたことがあり、しかもそのときの不倫相手がペルー代表FWパオロ・ゲレーロだったことも発覚。フィオレーラさんはマンコと離婚したあとも結婚、離婚を繰り返しているため、仮に同性が恋愛対象であったとしてもレズビアンには該当しない。あり得るのはバイセクシャルだが、このたび流出した動画でのキスの相手は「友達」と説明していることから、彼女の性癖は至ってノーマルとみられる。