マンコが怒り心頭! 自身は慈善活動をしながら所属チームの給与75%減には猛反発

2020.05.20 リーガ1 (ペルー1部リーグ) 2020

▲ 所属先のデポルティーボ・ビナシオナルが選手の給与75%カットを表明すると、マンコは即座に反論した

マンコの怒りが爆発した。ペルー国内の前年王者であるデポルティーボ・ビナシオナルに所属するレイモン・マンコは20日、所属先から提示された75%の給与カットを強く反対した。

COVID-19(新型コロナウイルス感染症)により現在中断しているリーガ1(ペルー1部リーグ)では、クラブチームの深刻な経済危機が生じている。それの対策として、ビナシオナルは所属選手の給料を75%カットに踏み切る苦渋の決断に至った。

ところが、この決断に反旗をひるがえしたのが、29歳のレイモン・マンコ。地元テレビ局の取材に応じたマンコは、「クラブからの提案はクレイジーだ。私たち選手はクラブにとっての財産であり、お互いがお互いを守る必要がある」との主張を展開している。

「今年のビナシオナルはCONMEBOL(南米サッカー連盟)からリベルタドーレス出場権を含めてお金を受け取っている。それゆえに、75%もの給与カットには戸惑いを隠せず、我々は冷静なコミュニケーションで以て問題の解決に取り組みたい」

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(29歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。

9年後の激白 マンコがメヒコで誘拐されていたエピソードを明かす

2020.05.20 リーガ1 (ペルー1部リーグ) 2020

▲ アトランテ時代にカンクンで誘拐された事実を明かしたレイモン・マンコ (※写真は2011年のもの)

2008年のPSVアイントホーフェン(オランダ)移籍以降は所属チームをころころ替えているレイモン・マンコが、2011年にメキシコ国内で誘拐されていたというエピソードを開かした。マンコはアトランテ時代に7試合にしか出場しておらず、すぐ母国に戻った理由についても「メヒコで誘拐されたから」と述べているが…

DirecTV Sport のWEBインタビューで、マンコはメキシコ南東部のカンクンで誘拐され、暴力を受けた上で公道に投げ出される犯罪被害に遭ったと告白した。マンコは2013年にペルー人モデルのフィオレーラ・アルサモーラさんと結婚したが、アトランテにいた2011年はまだ独身だった。

「当時独身だった私は、なぜか当時の所属チームから信用されていなかった。ゆえに、私が当時誘拐されて暴力を受けるなどの犯罪被害に遭ったことも、アトランテの首脳陣は信じてくれなかったんだ」

当時のマンコは2011年に所属するファン・アウリッチから期限付き移籍でアトランテに身を移し、誘拐事件は加入から数週間後に発生したとしている。それをアトランテは信じなかったとマンコは訴えている。

「すべて本当のことなんだよ。私が自分の意志で自分の顔面を殴って鼻を骨折させるわけないじゃないか! あの誘拐事件は午前1時半頃に起きて、午前9時まで首都リマへ戻ることができなかったんだ」

マンコが誘拐されたと訴えた当時、誘拐された当日のマンコはアトランテの練習施設に現れたが、酒気帯びでアルコール検査に引っかかったこともあって、アトランテからは信用されず。マンコは同年のうちに契約を解除して母国に帰った過去を持つ。マンコにとっての歯がゆい過去には、メヒコでの誘拐という衝撃の事実があった。

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(29歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。

マンコが叶えたい夢 ペルー代表への復帰と次に移籍先を選べるなら?の質問に答える

2020.04.16 リーガ1 (ペルー1部リーグ) 2020

▲ ペルー代表への復帰を今もあきらめていないレイモン・マンコ (※写真はかつてペルー代表として試合に出ていた2013年頃のもの)

COVID-19(新型コロナウイルス感染症)のパンデミックにより選手としての活動ができない非常事態でも、マンコは前向きな近未来予想図を描き続けている。

ディレクTVスポルトの遠隔インタビューに応じたレイモン・マンコは、ペルー代表復帰への思いを口にした。

「ペルー代表の広報に連絡したいんだ。連絡できれば、ガレカ監督から指導を受けられるかもしれないからね」

さらにマンコは、「もし次の移籍先を選べるとすれば、希望する移籍先はある?」との質問に対しては、ペルー国内の2チームを挙げた。

「もし移籍先を選べるのなら、アリアンサ・リマかスポルト・ボーイスだね。ピンク色のチーム(スポルト・ボーイス)については、(アルゼンチン人の)マルセーロ・ビバス監督との確執があって退団してしまったことは、サポーターに申し訳なく思っているんだ。でもアリアンサ・リマの次に愛着のあるチームだよ」

兼ねてからアリアンサ・リマのファンであると公言しているマンコだが、再びピンク色のマンコになりたい願望も示唆した。

そんな折、マンコの能力を絶賛する先輩のペルー代表FWジェフェルソン・ファルファンがロシアの首都モスクワでCOVID-19の陽性と診断された事実が、ペルー国内でも大きく取り上げられた。後輩のマンコはもちろん、ペルー代表の選手や協会スタッフらもファルファンの体調を心配して、同選手の一刻も早い回復を祈る声明を出している。

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(29歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。

マンコの嘆き 「サッカーができないことが、いかに寂しいかなんて簡単に表現できない」

2020.05.14 リーガ1 (ペルー1部リーグ) 2020

▲ 試合終了後にアルゼンチン代表MFイグナシオ・フェルナンデスにユニフォーム交換を迫ったレイモン・マンコ(左) (※写真は2020年3月11日のもの)

COVID-19(新型コロナウイルス感染症)のパンデミックにより、ペルーでは国内リーグ、国内カップ戦、そして国際大会のリベルタドーレスとスダメリカーナなどすべての公式戦が開催延期を強いられている。デポルティーボ・ビナシオナルに所属するレイモン・マンコは、この由々しき事態を嘆いている。

ペルーでは14日までで感染者数は8万人を突破し、感染による死亡者数は2,267に上っていて、一日あたりの新たな感染者数は断続的に最高記録を更新し、14日の感染者数は過去最高の4,298を記録した。感染状況が下降線を見せていない現状で、サッカーを再開することは不可能な情勢である。

公式戦ができなくなって2ヵ月が経ち、サッカーができない現状についてマンコが口を開いた。

「サッカーができないこと、サッカーを観られないことが、いかに寂しいかなんて簡単に表現できない」

そんなマンコは先日、アリアンサ・リマ時代のユニフォームやスパイクなどを競売にかけて900ソレス(日本円で約28,000円)の資金を捻出した。ペルーの平均月収は1,441ソレス(日本円で約44,800円)である点を踏まえれば、そこそこの売り上げとなった。オークションで得たお金は、COVID-19による経済危機に瀕する国民のために全額寄付される。

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(29歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。

マンコのチャリティーオークション アリアンサ・リマ時代のユニフォームを競売にかけて寄付へ

2020.05.09 リーガ1 (ペルー1部リーグ) 2020

▲ 非常事態で貧困にあえぐペルー国民のために自身の私物のチャリティーオークションを開催したレイモン・マンコ (※写真はレイモン・マンコがアリアンサ・リマに在籍していた2016年のもの)

COVID-19(新型コロナウイルス感染症)のパンデミックが南米大陸を混乱に陥れる中、ペルーでは感染者と死亡者の急増を受けて60日間に及ぶ外出規制や強制夜間外出禁止令などが発出されている。こうした非常事態を受けて、国ならびに国民のために何かできないかと主体的に動いているのがレイモン・マンコだ。

マンコは4月にも食料調達などに困る民間人に向けて食料配達などのボランティアを買って出ていたが、非常事態が引き続き改善されないことを受けて、再びマンコが動いた。

このたびマンコが取り組んでいる慈善事業は、同選手がデビューしたクラブチームでもあり、2015年から約1年間在籍していた首都リマの名門アリアンサ・リマで着ていたユニフォームの売却。マンコは Instagram を介してそれらのネットオークションを行った。

『2015年に着ていたアリアンサ・リマのユニフォームを競売にかける。この売り上げは、最も生活に困っている人々が食料を買うための資金として使われる』

オークションでは、ユニフォームのほか、マンコがレアル・ガルシラッソ戦でゴールを決めたときのスパイクも出品された。オークションに出すと、マンコのグッズは瞬く間に売れて、この売上金を週明けにも寄付するとマンコは宣言している。自身の所属するチームがあるリーグ1(ペルー1部リーグ)では再開の目処が立っていない状況下においても、マンコは困窮する国民に引き続き寄り添っている。

兼ねてからアリアンサ・リマのファンであることを公言しているマンコにとって、在籍時のユニフォームを競売にかけるのに抵抗はあったはずだが、それでもマンコは経済危機に陥る国民を救うことを第一条件としている

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(29歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。

アナ・マンコさんが激怒! 母国ベネズエラ政府のガソリンインフレ政策を「強盗!」と一喝

2020.04.15 ベネズエラの芸能界

▲ ベネズエラ出身でアメリカ在住のアナ・カリーナ・マンコさんは、母国でのガソリンのインフレに強い嫌悪感を示している

女優、モデル、声優、弁護士とマルチな才能を持つベネズエラ出身のアナ・カリーナ・マンコさんは、長年アメリカで家族とともに暮らしている。身体は北米大陸にあっても、常に母国ベネズエラを案じているアナ・マンコさんが15日、母国のとある社会現象に怒りのツイートを投稿した。

アナ・マンコさんが怒っているのは、ベネズエラで政府が執っているガソリンの価格設定。昨年から続く政情不安に加えてCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)によるパンデミックが重なり混乱が収まっていないベネズエラでは最近、ニコラス・マドゥーロ政権がガソリンの価格を大幅に値上げした。ただでさえ昨年から続くハイパーインフレが国民を苦しめているにも関わらず、火に油を注ぐような愚策が断行されたのである。アナ・マンコさんは twitter で次のように書き殴っている。

「マラカイーボでは、ガソリンを20リットル買う場合は、40ドル(日本円で約4,310円)もの大金を警察または軍に支払わなければならない。強盗だ!」

日本でのガソリンの平均価格は現在、1リットルあたり134円ほどで、20リットルでは2,680円。ベネズエラのガソリン代は、日本と比較しても高値であることがわかるだろう。しかも、ベネズエラ国民の平均月収は約464ドル(日本円で約5万円)だ。5万円前後の手取りしかもらえない国で、ガソリン20リットルが4,300円もかかるのは、国民にとっては大きな負担になる。

アナ・マンコさんは、国の横暴な政策に怒っているのである。

◆ アナ・カリーナ・マンコ

本名:
アナ・カリーナ・マンコ・グスマン
生年月日:
1970年12月17日生まれ(49歳)
出身:
ベネズエラ(首都カラカス)
最終学歴:
サンタマリア大学、ベネズエラ中央大学
配偶者:
ビセンテ・イグナシオ・ペレス
子ども:
ディミトリ・ニコラス・ペレス・マンコ(息子)
アレクサ・カテリーナ・ペレス・マンコ(娘)
職業:
女優、モデル、声優、弁護士
twitter:
@akmanco
Instagram:
anakarinamanco
公式サイト:
anakarinamanco.com

4人兄弟の末っ子で、母は1960年代にラジオ番組のパーソナリティとして活躍したノルマ・テレーサ・マンコ・グスマンさん。13歳で舞台役者となったが、一旦芸能界から離れて17歳に復帰すると、複数の映画やドラマなどで主役や脇役を熱演した。1995年には当時の恋人ルイス・フェルナンド・キンテーロさんを旅客機墜落事故により失う不幸に遭遇したことで、1年間の休養を余儀なくされた。2002年5月25日に31歳でビセンテ・イグナシオ・ペレスさんと結婚して、二人の子どもに恵まれた。現在は米国のマイアミで家族と暮らしている。

先輩ファルファンに絶賛されて大喜びのマンコ 「ファルファン、ゲレーロとのトリオで4点取れる」

2020.04.15 ペルー代表

▲ 先輩のペルー代表FWジェフェルソン・ファルファンに褒められて喜んでいるレイモン・マンコ (※写真は2012年頃のもの)

13日にペルー代表FWジェフェルソン・ファルファンから絶賛のコメントをもらったレイモン・マンコは、興奮を隠しきれない。そんなマンコは、賛辞への感謝を述べるとともに、マンコの中にある願望を表に出した。

【関連記事】ファルファンに絶賛された才能の持ち主 先輩の太鼓判はマンコの代表復帰へ追い風となるか

ファルファンは先日、インタビューでマンコについて「私が今まで見た中で最も才能のある選手の一人」とベタ褒めした。大喜びのマンコは、まず先輩への感謝を言葉にした。

「ジェフェルソン(ファルファン)の言葉は私を幸せな気持ちにしてくれた。ペルー人選手としても最も成功している大先輩からここまで褒めてもらったことを、誇りに思う。彼の言葉に感謝している。彼はずば抜けた存在であり、ペルー国民のほとんどがずっと忘れられない偉人だ」

上機嫌のマンコは、さらにもう一人の先輩であるペルー代表FWパオロ・ゲレーロを挙げて、ファルファンを交えた3人同じチームでプレイしたい願望を掲げた。

「ジェフェルソン(ファルファン)、パオロ(ゲレーロ)とともに試合に出られれば、3人の力で4点は取れるだろう。彼らはタイプが異なり、パオロは典型的なゴールハンターで、ジェフェルソンはアシストも巧いしゴールの決定力も高い。私はそんな二人に決定的なパスを出すことで貢献したいんだ。もしも同じクラブチームでプレイできたら最高だね」

マンコは、ファルファン、ゲレーロの両方とクラブチームでチームメイトになったことはない。しかし、ペルー代表では2012〜2013年頃にチームメイトだった時期があった。現在、ファルファンはロコモティフ・モスクワ(ロシア)、ゲレーロはインテルナシオナウ(ブラジル)でそれぞれ戦っていて、マンコはデポルティーボ・ビナシオナルに所属している。

トリオが実現する可能性が最も高いのはペルー代表であり、兼ねてから代表復帰を熱望しているマンコをリカルド・ガレカ監督が招集すれば、“3人で4点取れる魅惑の攻撃陣”とて決して夢物語ではない。

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(29歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。

愛に溢れるマンコのメッセージ 「我々は人としての心を失わず、隣人を愛しましょう」

2020.04.13 リーガ1 (ペルー1部リーグ) 2020

▲ 明るい表情の写真を自身の Instagram に投稿したレイモン・マンコ

COVID-19(新型コロナウイルス感染症)のパンデミックにより自宅での隔離生活を強いられているペルーの国民に向けて、レイモン・マンコが連帯と共生のメッセージを発信した。

マンコは自身の Instagram に「家、アパートなど家賃が払えなくなった家族を強制的に立ち退かせるなんて、残酷だ」と主張。さらに、「家やアパートの部屋を空室にしたとしても、収入は得られないことを忘れないでほしい。我々は人としての心を失わず、隣人を愛しましょう」と述べて、COVID-19による混乱で殺伐としているペルー国民に思いやりと愛情を持って接することの大切さを訴えた。

マンコは先週、生活必需品を住民の自宅に届けるなどの支援活動に勤しんでいることが報じられて、国民の共感と支持を得たばかり。マンコの好感度はさらに上がるものとみられる。

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(29歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。

ファルファンに絶賛された才能の持ち主 先輩の太鼓判はマンコの代表復帰へ追い風となるか

2020.04.13 リーガ1 (ペルー1部リーグ) 2020

▲ 先輩のペルー代表FWジェフェルソン・ファルファンからその才能を絶賛されたレイモン・マンコ (※写真はマンコがレアル・ガルシラッソにいた2019年3月頃のもの)

COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の影響により、モスクワの自宅での隔離生活を送っているペルー代表FWジェフェルソン・ファルファンが、ペルーで俳優や司会者として活躍中のヘスス・アルサモーラさんとの Instagram ライブを公開。そこでファルファンは、かつてペルー代表にも招集されていたレイモン・マンコの能力を絶賛した。

かつてPSVアイントホーフェン(オランダ)で活躍したファルファンは、自身がブンデスリーガへ移るのと入れ替わりでアリアンサ・リマからPSVに加入したマンコをベタ褒めした。

「マンコは私が今まで見た中で最も才能のある選手の一人で、ペルー人選手ではマンコが最上級だと確信していた。信じられない次元だった」

「マンコは素晴らしいテクニックの持ち主だったから、PSVも彼をスカウトして獲得したのだ」

17歳の頃から各年代のペルー代表で長く活躍しているベテランの高評価がリカルド・ガレカ監督の耳にも届くようなら、マンコ自身が目標としているペルー代表復帰もありうるかもしれないが…

Instagram では、少しでもペルー国民のストレスを和らげようと多くの選手が自身の自宅での様子を公開中。35歳の元ペルー代表MFリナルド・クルサードは、自宅のキッチンで歌いながらチキンライスを作る様子を公開している。

◆ ジェフェルソン・ファルファン

本名:
ジェフェルソン・アグスティン・ファルファン・グアダルーペ
生年月日:
1984年10月26日生まれ(35歳)
出身:
ペルー(首都リマ)
身長:
178cm
ポジション:
フォワード、ウインガー

2001年に名門アリアンサ・リマの下部組織から昇格すると、2004年にはオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍した。その後シャルケ04(ドイツ)などでも活躍し、2017年からはロコモティフ・モスクワでプレイしている。各世代のペルー代表に招集され続けている

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(29歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。

2007年にU-17だった黄金世代に言及したソラーノ氏 マンコを含めた選手の期待外れを語る

2020.04.13 リーガ1 (ペルー1部リーグ) 2020

▲ 2007年にエクアドルで行われたU-17南米選手権で4位通過が決定した直後のペルー代表の記念撮影。横断幕を肩に掛けているのが若き日のレイモン・マンコ

2017年のU-17南米選手権で4位通過を果たし、同年のU-17ワールドカップでベスト8という結果を残した当時のU-17ペルー代表は、当時ペルーの黄金世代と賞された。あれから13年の歳月が流れ、現在はペルー代表でテクニカルアシスタントコーチを務めているノルベルト・ソラーノ氏が、黄金世代と呼ばれた選手について今の思いを語った。

ラジオ・オバシオンのインタビューに応じたソラーノ氏は、2007年のU-17ワールドカップで躍進したペルー代表の中で、2018年のFIFAワールドカップ・ロシア大会にも名を連ねた選手がGKペドロ・ガレーセ一人だった現実を嘆いた。

「月日の流れとともに、パフォーマンスを維持できない選手は大勢いる。ただ、あの当時のU-17ペルー代表にはもっとがんばってもらいたかった。彼らは正しいことをやっていれば、今でもA代表に残っていた選手が何人もいたはずなのに。最も惜しいのはマンコだね」

「サッカーの試合は一定であり、リカルド・ガレカ監督は常に一貫性を示す選手を探しているタイプだけに、代表に呼ばれたい選手はプレイに一貫性を持って安定したパフォーマンスを維持する必要がある。つまり今呼ばれていない選手は、パフォーマンスを維持できていない可能性があるということになる」

一方でソラーノ氏は、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)のパンデミックによりワールドカップ南米予選が開幕延期になっていることを、肯定的に捉えている。

「理想は常にベストメンバーで戦えることであり、厳しい南米予選には余裕などない。偶然にも現在このような情勢にあることが、負傷者を複数抱えている我々にとってはむしろ好都合なのだ」

◆ ノルベルト・ソラーノ

本名:
ノルベルト・アルビーノ・ソラーノ・トドコ
生年月日:
1974年12月12日生まれ(45歳)
出身:
ペルー(カヤオ)
身長:
175cm
ポジション:
ミッドフィルダー

1993年にスポルティン・クリスタルの下部組織からトップチームに昇格したが、レギュラーを獲得したのは出戻りの1994年からで、同年からペルー代表にも招集されるように。イングランドのプレミアリーグで長く活躍し、キャリアのピークは1998年から6シーズン在籍したニューカッスル・ユナイテッドで、233試合に出場して38ゴールをマークした。2012年に現役引退。2015年からはリカルド・ガレカ監督の下でペルー代表のテクニカルアシスタントコーチを務めている。

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(29歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。

COVID-19による国難を救え 生活必需品の支援活動にマンコも参加して足しげく手渡し

2020.04.09 リーガ1 (ペルー1部リーグ) 2020

▲ ペルー国民のご自宅を訪問して生活必需品などの物資を手渡しする元ペルー代表MFレイモン・マンコ

COVID-19(新型コロナウイルス感染症)により南米大陸全土で経済的な麻痺が留まらない中で、マンコが腰を上げた。デポルティーボ・ビナシオナルに所属する元ペルー代表MFレイモン・マンコは今、感染防止のためにマスクをしながら、ペルー国内の各家庭に物資を届けている。

COVID-19のせいで国難に瀕している最中、マンコはペルー空軍将校のペルシ・オルデリーケ氏やディエゴ・スレ氏らとチームを結成して、市民に必要な最低限の物資(食品や飲料品など)を届けるべく、慈善活動に勤しんでいる。

マンコは4月に入った頃から「自分にできることが何なのか」を常に考えて準備を進めてきた。その結果、自らで仕入れた食料や飲料品など必要な生活物資を市民の皆様に届けることが社会貢献になると考え、軍人らのサポートにも助けられて慈善活動を始めた。

マンコが国民に必要な生活物資を届ける様子は、マンコの Instagram にも投稿されて、「本当に必要な人を助けるために、私に協力できることを書き込んで。今、ペルーは国民全員が統一された国であることを示しましょう」とメッセージを掻き込んでいて、そこには3千以上の「いいね!」がついている。

マンコが行っているこのような活動は、ほかに多くの公共団体によって行われている国レベルの対策で、マンコはそこに協力した形。マンコから救援物資を受け取った市民は笑顔で返すなどしており、マンコの活動は人々から深く喜ばれている。

マンコは4月3日頃から「生活必需品の調達もままならない家庭に必要な物資を届けたい」と主張していて、今回はペルー国軍の協力を得て実現した形だ。

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(29歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。

かつてヴェルディとレッズにもいたエジムンドの野獣音頭 クラシコで「チンポダンス」を披露

2020.04.02 カンピオナート・ブラジレイロ 1995

▲ 4月2日に49歳の誕生日を迎えた元ブラジル代表FWエジムンド氏

「アニマウ(野獣)」または「バッドボーイ」のニックネームが付くほどの問題児としても有名だったエジムンド。とりわけ、1995年に半年だけ所属したフラメンゴでの問題行動が今でも語り草となっている。それは、エジムンドの古巣バスコ・ダ・ガマとのクラシコでのこと。当時ブラジル代表だったホマーリオ、サビオ、エジムンドの3トップはピッチで機能していたとはいえず、バスコとのクラシコでも同様だった。するとエジムンドは、試合中にバスカイーノ(バスコ・ダ・ガマのサポーター)から辛辣な野次チャントを浴びた。

「世界最悪の攻撃陣! 世界最悪の攻撃陣! 少し立ち止まって少し休め! サビオ、ホマーリオ、エジムンド!」

古巣のサポーターからの罵声に怒ったエジムンドは、バスカイーノに向けて性器を振るという異常なパフォーマンスで挑発した。

そんな問題児も今やアラフィフ(around 50)。さすがに性器を振るダンスを披露することは、もうない。

◆ エジムンド

本名:
エジムンド・アウベス・ジ・ソウザ・ネト
生年月日:
1971年4月2日生まれ(49歳)
出身:
ブラジル(リオ・デ・ジャネイロ州ニテローイ)
身長:
177cm
ポジション:
センターフォワード (現役時代)

1992年にバスコ・ダ・ガマでデビューすると、初年度にいきなり24ゴールを叩き出して脚光を浴びる。1993年にはパウメイラスに移籍して、チームの黄金時代を支えた。1995年にはフラメンゴに移籍したが、半年で退団。1996年にはコリンチャンスで32ゴールを叩き出し、同年には古巣バスコに戻って61点とゴールを量産した。1998年にフィオレンティーナ(イタリア)に渡って元アルゼンチン代表FWガブリエル・バティストゥータともコンビを組み、1999年には再度バスコに戻って活躍。そして2001年には東京ヴェルディに加入して2シーズンで27ゴールをマークし、2003年には浦和レッズに移籍して36ゴールを叩き出すなど、日本のJリーグでも活躍した。2003年に古巣バスコに戻って以降はブラジル国内のクラブチームを渡り歩き、2008年に古巣バスコで現役を引退するまでの17年間で合計464ゴールを挙げたゴールハンターだった。素行の悪さから「アニマウ(野獣)」、「バッドボーイ」のニックネームが付くほどの個性的なキャラクターとしても有名。元ブラジル代表。現在はテレビなどで解説者として活動中。