マンコがクスコに到着 空港では女性サポーターグループによる温かい歓迎を受けてご満悦

2019.01.15 リーガ1 (ペルー1部リーグ) 2019
▲ クスコのアレハンドロ・ベラスコ・アステーテ国際空港で温かい歓迎を受けたレイモン・マンコ(中央)

レアル・ガルシラッソへの移籍が正式に決まった14日から一夜明けた15日、レイモン・マンコはクスコのアレハンドロ・ベラスコ・アステーテ国際空港に登場。当初の報道ではすでにクスコに到着しているとも報じられたが、マンコがクスコに入ったのは移籍の発表があってからであった。

空港のロビーにマンコが現れると、待ち受けていたレアル・ガルシラッソの女性サポーターグループから熱烈な歓迎を受けた。女性サポーターに挟まれたマンコは笑顔で記念撮影に興じ、歓迎ムードに驚いた様子だった。

「空港で私の到着を待ってくれているなんて期待してなかったからね。びっくりしたけど満足しているよ。私はこれから契約書にサインして、会長らに挨拶する予定だ」

年またぎで慎重に移籍先を選別していたマンコは、クスコでの選手生活に胸を膨らませ、2019年の抱負を述べた。
「レアル・ガルシラッソは、優秀な選手がたくさんいて、リベルタドーレスにも挑む素晴らしいチーム。そしてリーガ1(ペルー1部リーグ)でもタイトル争いのできるレベルにあることで、私はやる気に満ちている。それらは重要なファクターだ」

「リベルタドーレスは非常に重要な大会だから、グループリーグに進出することが最初の目標になる。だが、それを言い訳にしてリーガ1を無視することはできない。チームはどちらもベストの状態で臨むから、私自身もコンディションと整えてどちらでも力になれるように頑張りたい」

クスコに来てくれたことを歓迎されたマンコは、来週のリベルタドーレスに向けて準備していくと決意を固めた。

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(27歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。現在はウニオン・コメルシオに所属し、トップ下としてスタメン出場している。

マンコの移籍先が決定 クスコのレアル・ガルシラッソに加入してリベルタドーレス出場へ

2019.01.14 リーガ1 (ペルー1部リーグ) 2019
▲ レイモン・マンコの加入を発表したレアル・ガルシラッソの facebook 画像

今年はペルー代表への復帰とコパ・アメリカ出場を目指しているレイモン・マンコの移籍先が、ついに決まった。クスコを本拠地とする新興チームのレアル・ガルシラッソは14日、クラブの facebook ページにて、マンコの加入を正式に発表した。

2018年にウニオン・コメルシオで充実のシーズンを過ごしたマンコには、これまでにもウニベルシターリオ・デポルテス、アリアンサ・リマ、リオネグロ・アギラス、さらにはアジアからもオファーがあって交渉しているとも報じられてきた。なかでもスポルト・ボーイスとは交渉が具体的に進んでいたが、報酬の面で折り合いがつかず、マンコは「その条件では納得できない」と契約書にサインしなかった。

そして迎えた1月14日、レアル・ガルシラッソがマンコの加入を正式に発表。マンコは同日中にクスコに到着すると、すぐにメディカルチェックを済ませたという。

マンコは早ければ、リベルタドーレスに予備戦の1次ラウンドから出場することになりそうだ。

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(27歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。現在はウニオン・コメルシオに所属し、トップ下としてスタメン出場している。

マンコの移籍先はレアル・ガルシラッソか? 報道の通りなら来週にもリベルタドーレス出場へ

2019.01.13 リーガ1 (ペルー1部リーグ) 2019
▲ レイモン・マンコの移籍先はペルー国内に落ち着きそうな様相を呈している

今年はペルー代表への復帰とコパ・アメリカ出場を目指しているレイモン・マンコの移籍先は、結局ペルー国内に落ち着きそうだ。現地報道によれば、マンコはクスコを本拠地とする新興チームのレアル・ガルシラッソと大筋で合意に達したとのこと。

2018年にウニオン・コメルシオで充実のシーズンを過ごしたマンコは、ペルー代表復帰の目標を達成するために所属先を変えることを決意。以降、ウニベルシターリオ・デポルテス、アリアンサ・リマ、リオネグロ・アギラス、さらにはアジアからもオファーがあって交渉していることも次々に報じられてきた。ちなみにマンコにオファーを出していたアジアのチームはどの媒体も明記していないものの、中国スーパーリーグからのオファーだったことはわかっている。

その中で加入まであと一歩のところまで進んだのが、港町カヤオをホームタウンとするスポルト・ボーイスだった。マンコも移籍を前向きに検討していたが、報酬の面で折り合いがつかず、マンコは「その条件では納得できない」と契約書にサインしなかった。

そして迎えた1月13日、ペルーのスポーツサイト「Libero」がマンコに関する最新情報を掲載。記事によれば、レアル・ガルシラッソがマンコを戦力として考えていて、オファーを出し、交渉を進めてすでに理事会とマンコとの間ではおおむね合意に達したという。早ければ14日にも公式発表を済ませるために、マンコがクスコに入るとまで書かれている。

レアル・ガルシラッソは2009年創立の新興チームだが、わずか10年未満でしばしばリベルタドーレスにも出場するなど、力のあるクラブチーム。今年もリベルタドーレスに予備戦の1次ラウンドから出場することが決まっていて、もし前述の報道が現実になればマンコは来週にもリベルタドーレスに出てくる可能性がある。

果たして、マンコは報道の通りレアル・ガルシラッソに加入することとなるのか。

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(27歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。現在はウニオン・コメルシオに所属し、トップ下としてスタメン出場している。

マンコ 「スポルト・ボーイスとは給与面で…」 「コロンビアのビッグクラブからオファーがあった」

2019.01.07 ペルー1部リーグ 2018
▲ スポルト・ボーイスとの契約が成立に至らなかった理由などを明かしたレイモン・マンコ

移籍先を探しているレイモン・マンコが、スポルト・ボーイスと契約直前まで進めながら契約書にサインしなかった理由を明かした。

マンコに関する報道では、昨年末にペルー国内の複数のクラブチームからオファーが届き、そのうち港町カヤオのスポルト・ボーイスと交渉が進んでいた。一部報道によれば契約書にサインする寸前まで話は進み、あとはクラブがマンコの獲得を発表するだけの段階まで進んでいたという。だが年が明けると、マンコはスポルト・ボーイスとの交渉を一旦保留にすることを決断。その理由について、マンコは報酬の面で合意に至らなかったことを、ラジオ局オバシオンに明かした。

「スポルト・ボーイスからオファーがあって交渉が進んでいたことは事実だけど、経済的な理由で交渉が停滞した。我々は合意に達していない。今は国内外を問わずいろんな可能性を模索しているところ。環境面でも経済的にも最適な条件で納得できるように話を進めていきたい」

「今は所属先がない状態で、ちょっと不思議というか違和感はあるよ。昨年の半ばに私自身のプレイが好調だったとき、コロンビアのビッグクラブからオファーがあったんだ」

具体的なチーム名は明かさなかったが、コロンビアのビッグクラブからオファーがあったことも明らかにしたマンコ。交渉決裂の様相が色濃くなっているスポルト・ボーイスについては、自分が考える水準以上の年俸を提案してくれたら再検討する意向も示した。

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(27歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。現在はウニオン・コメルシオに所属し、トップ下としてスタメン出場している。

スーペルクラシコの夜に発生した凄惨な事件 21歳のリーベルプラテンセがボケンセに殺される

2018.12.13 コンメボル・リベルタドーレス
▲ 殺害されたエセキエル・アロン・ネリスさんが襲撃されて気絶している状態の写真 (現地報道でも顔や負傷箇所にはぼかしがかけられている)

9日に行われたリベルタドーレス決勝 2nd.Leg 「リーベル・プレート vs ボカ・ジュニオルス」は、延長戦を経てリーベル・プレートが優勝した。同日の夜にはアルゼンチンの首都ブエノスアイレスで暴徒化したリーベルプラテンセ(リーベル・プレートのサポーター)に逮捕者が出たが、それとは比較にならない凄惨な事件がパラグアイとの国境付近で発生。被害者は出血多量により命を落とし、容疑者とされる兄弟が逮捕された。

事件が発生したのは、スーペルクラシコのあった9日の21時頃(現地時間)で、場所はアルゼンチンのミシオネス州にあるポサーダスという街。ポサーダスの北を流れるパラナ川の対岸はパラグアイで、隣国とは橋でつながっている。

▲ 殺害されたエセキエル・アロン・ネリスさんの生前の写真

殺害されたのは、21歳のエセキエル・アロン・ネリスさん。熱烈なリーベルプラテンセであるエセキエルさんが愛するクラブの南米制覇を喜び、外で歌っていたところを二人組の男に襲撃されたという。数カ所刺されたエセキエルさんは、警察官が現場に到着したときには大量に出血した状態で意識がなく、すぐに近くの病院へ搬送されたが、翌10日の正午頃に死亡が確認された。死因は失血死で、凶器として使用されたナイフによって左足の大腿静脈が切れていたという。

当初、地元当局は別の二人を容疑者と認めて身柄を拘束したが、証拠不十分により釈放。その後、釈放された二人の証言を基に、被害者の自宅から数ブロック離れたところに住む26歳と18歳の兄弟を殺人容疑で逮捕した。警察官が家宅捜索をした際、トイレの便器の中で排泄物によって隠れていたナイフを発見し、そのナイフは犯行に使われた証拠品として警察が没収したと報じられている。

▲ 地元テレビ局の取材を受けて、涙を流しながら殺された息子について語るエセキエル・アロン・ネリスさんの母親

警察のその後の調べで、逮捕された兄弟はエセキエルさんがリーベルの優勝で浮かれて騒いでいたことに腹を立てて襲撃したと供述している。この兄弟は、熱狂的なボケンセ(ボカ・ジュニオルスのサポーター)だという。

死亡したエセキエルさんの母親によると、エセキエルさんは地元の工場で働いていて、刑務官になるための試験を受けるべく日々まじめに勉強していたとのこと。アルゼンチンでは昨年にもコルドバのクラシコでサポーター同士の抗争から死者を出した事件が発生するなど、残念なことに平穏でない傾向にある。

マンコが再婚 12日に恋人リリア・モレッティさんと結婚披露宴を開催 歌手の友人らも祝福

2018.12.12 ペルー1部リーグ 2018
▲ リリア・モレッティさん(左)と結婚したレイモン・マンコ

元ペルー代表MFレイモン・マンコが12日、かねてからの宣言通りリリア・モレッティさんとの結婚式を挙げた。二人の交際期間は約4年と長く、二人の間にはすでに愛すべき子どもが二人いる。

ペルーの首都リマで行われた結婚式には、かつてのチームメイトや、ペルー人歌手のジョシマール・イ・ス・ヤンブー氏なども出席して、マンコの新たな門出を祝福した。

マンコは現在、港町カヤオをホームタウンとするスポルト・ボーイスと交渉中。

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(27歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。現在はウニオン・コメルシオに所属し、トップ下としてスタメン出場している。

スポルト・ボーイスと交渉決裂か!? 国外のクラブチームからオファーがあってマンコも乗り気

2018.12.12 ペルー1部リーグ 2018
▲ スポルト・ボーイスとの交渉が順調と報じられていたレイモン・マンコだが、本人は国外への移籍を希望しているという

元ペルー代表MFレイモン・マンコに、国外のクラブチームからオファーが届いていることがわかった。マンコの獲得を目指して交渉していたスポルト・ボーイスのマネージャーが、ラジオ局のインタビューに応じた際に明かした。

ペルー代表への復帰を目的に同国の片田舎にあるウニオン・コメルシオ退団を申告していたマンコは、2019年の所属先を探し、代理店を通して交渉をしている最中。現地報道では、首都リマの隣町である港町カヤオを本拠地とするスポルト・ボーイスが有力な移籍先として日々報じられていて、交渉成立も目前と思われていた。ところが、2019年にはピンク色のユニフォームに袖を通してプレイするマンコの未来予想図は、そう簡単に実現しそうにないことが判明。スポルト・ボーイスでマネージャーを務めるホアン・バスケス氏は、ラジオ・オバシオンの取材に応じて、マンコとの交渉が破断する可能性を示唆した。

「我々はほんの数日前までマンコと交渉をしていたが、彼からの申し出があって、マンコは国外へ移籍したいとのことだった。おそらく、我々の仲間になる可能性は低そうだ」

バスケス氏の発言には“国外のクラブチーム”がどの国のどのチームであるか具体的に述べられていないが、同氏の発言の通りになれば、マンコは1年半ぶりに母国ペルーを離れることになる。オランダのエールディヴィジで2チーム、メキシコ、カタール、ベネズエラでそれぞれ1チームに所属したマンコにとっては、自身6度目の国外移籍となる可能性が浮上してきた。

マンコについては、ペルー代表でテクニカルアシスタントコーチを務めているノルベルト・ソラーノ氏がとりわけ同選手の代表復帰論を唱えている。そしてマンコ自身も代表復帰を望んでおり、2019年にブラジルで開催されるコパ・アメリカにも出場したいと口にしている。

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(27歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。現在はウニオン・コメルシオに所属し、トップ下としてスタメン出場している。

優勝した日の夜にまた暴れたリーベルプラテンセ 武装警官に取り押さえられて現行犯逮捕

2018.12.09 コンメボル・リベルタドーレス 2018
▲ 深夜に暴れて武装警官に身柄を取り押さえられたリーベルプラテンセ

スペインの首都マドリーで行われたリベルタドーレス決勝 2nd.Leg は、リーベル・プレートのが延長戦を制して幕を閉じた。本来開催されるはずだったアルゼンチンの首都ブエノスアイレスでは、大勢のリーベルプラテンセが市街地の中心部で歓喜に沸いたが、この日もまた平穏のままでは済まなかった。

9日の夜も深くなって人通りが落ち着いた頃、一部のリーベルプラテンセがまたも石や瓶を商業施設や報道機関に投げつけた。その結果、地元当局の警察官に催涙ガスやゴム弾を発射させる事態に発展して、複数の者が現行犯逮捕された。

11月24日に発生したマイクロバス襲撃事件を受けて、リーベルのロドルフォ・ドノフリオ会長は「敵(ボカ)を尊敬することを忘れてはならない」とサポーターに向けて紳士的な行動をとるよう発信したばかりだが、同会長の思いはあっけなく裏切られた形になった。

まだ何も決めていないマンコの心境 古巣アリアンサ・リマやペルー代表復帰への思いも語る

2018.12.04 ペルー1部リーグ 2018
▲ スポルト・ボーイスとの交渉中であると報じられているレイモン・マンコ

ペルー代表への復帰を目指してコンディションを上げているレイモン・マンコが、2019年の所属先について口を開いた。12月3日現在では、移籍先は決まっておらず、オファーをくれたクラブチームと代理人を通して交渉中であることを明かしている。

マンコは現在、スポルト・ボーイスと交渉中であるとしながらも、他のチームからのオファーも好意的に受け止めていることを明かした。
「まだ何も決まってないよ。具体的な選択肢がいくつかあるけれど、明確なものはない。とりあえずは家族と一緒に過ごす時間を数日欲しいから、ゆっくり休んでリフレッシュしてから今後を決めようと考えている」

スポルト・ボーイスへ移籍する可能性について、マンコは次のように述べている。
「(スポルト・ボーイスのホームタウンである港町)カヤオは私の希望するエリアだ。母の故郷とも近いし、私にとっては移籍する動機付けがいくつもある。交渉はしている。でもまだ何も決まっていない」

ウニオン・コメルシオで過ごした2シーズンは、マンコにとっても充実した時間だったという。
「この2年間は私にとっても良い時期だった。将来ウニオン・コメルシオに戻る可能性もなくはないが、来年は他の環境でチャレンジしたいんだ」

その一方で、古巣の名門アリアンサ・リマにも言及したマンコ。
「私はアリアンサ・リマからのオファーがもしあればいつでも話を聞いてみたいと思っているが、残念ながら今のところ私の代理人に電話がかかってきた事実はない」

最後にマンコはペルー代表への復帰についても、話を展開させた。
「代表復帰は常に私の計画にある。だが地方のクラブチームにいても、ガレカ(監督)の目には留まらないことを痛感した。少しでもガレカに注目してもらえるクラブへ移籍することが、今は近道だと考えているんだ」

マンコ争奪戦に2チームが名乗り マンコを奪い合う三つ巴の争いを制するのはどこだ?

2018.11.28 ペルー1部リーグ 2018
▲ レイモン・マンコ(写真)の獲得を検討しているチームが1から3に増えた

ウニオン・コメルシオを年内に退団予定のレイモン・マンコを、即戦力として高く評価しているチームがひとつでないことがわかった。ペルーのスポーツサイト「Libero」が報じている。

マンコについては当初、首都リマ近郊の港町カヤオをホームタウンとするスポルト・ボーイスが獲得に向けて交渉を始めると、ペルー国内の複数のメディアが報じていた。事実、つい最近にもマンコ自身がInstagramにスポルト・ボーイスへの移籍に前向きだと匂わせる投稿をした。ところが、その投稿はわずか10分後に削除されていた。

兼ねてからマンコは、病弱な父を心配して両親の近くに住みたいと首都リマへの移住を希望していた。そしてリマのチームで試合に出られれば、念願のペルー代表復帰がより現実的となる点でも、マンコにとってリマやその近郊にあるクラブチームへ移籍することはメリットなのである。そこに名乗りを上げたのが、デポルティーボ・ムニシパル、アカデミア・カントラオの2チームだ。

デポルティーボ・ムニシパルはリマがホームタウンで、アカデミア・カントラオはリマ近郊の港町カヤオがホームタウンであるため、どちらもマンコの希望には合致しているチームだ。とりわけ、2019年のスダメリカーナ出場権を獲得しているデポルティーボ・ムニシパルは、所属チームで国際大会に出たいと主張しているマンコにとって魅力的に映るかもしれない。

すでに交渉中であるとされるスポルト・ボーイスが、このまま交渉成立に持ち込むか。それとも、デポルティーボ・ムニシパル、アカデミア・カントラオのいずれかがマンコをかっさらうのか。マンコを奪い合う三つ巴の争いを制するのは、どのクラブになるだろう。

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(27歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。現在はウニオン・コメルシオに所属し、トップ下としてスタメン出場している。

スポルト・ボーイスがマンコに接触か 首都リマへの帰還願望を利用して獲得交渉へ

2018.11.19 ペルー1部リーグ 2018
▲ 2018年はウニオン・コメルシオで攻撃の要として活躍したレイモン・マンコ(中央)

スポルト・ボーイスが、2019年に向けた補強策のひとつとして元ペルー代表MFレイモン・マンコの獲得を検討していることがわかった。現地メディアが報じた。

スポルト・ボーイスはすでにマンコと接触しているようで、マンコが必要である旨を伝えているという。スポルト・ボーイスがマンコの獲得に向けて動き出した背景に、マンコの家族の事情がある。マンコの父が今年病に倒れたのを契機に、マンコは「できるだけ両親の近くに住みたい」と首都リマやその近郊都市に移住することを望むようになっていた。首都リマの西部にある港町のカヤオを本拠地とするスポルト・ボーイスは、マンコの希望を叶えられるチームのひとつなのだ。

両者の交渉は12月の第1週までに結論が出る見込みで、早ければ年内にもマンコの来年の舞台が決まる可能性もある。

◆ レイモン・マンコ

本名:
レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
生年月日:
1990年8月23日生まれ(27歳)
出身:
ペルー(ルリン)
身長:
172cm
ポジション:
ミッドフィルダー

17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。現在はウニオン・コメルシオに所属し、トップ下としてスタメン出場している。

マンコはピッチのファンタジスタ 圧巻の3アシストでウニオン・コメルシオを勝利に導く

2018.11.08 ペルー1部リーグ 2018
▲ 68分にゴールを決めたマティアス・スッカル(左)は、アシストしたレイモン・マンコ(右)に近寄って抱き合う

11月6〜8日に行われたペルー1部リーグの後期 第13節。モジョバンバで行われた「ウニオン・コメルシオ×スポルト・ロサリオ」は、ウニオン・コメルシオが点の取り合いを制した。

ペルー代表復帰を目指しているレイモン・マンコが、圧巻の3アシストでチームの勝利に貢献した。まずは16分、センターサークルの近くまで下がったパスを受けたマンコが右足でフィードすると、前線の右に開いていたホセ・リベーラがペナルティエリアに入って伸ばした右足にボールを当ててゴールネットを揺らした。だが、先制した直後にウニオン・コメルシオはセットプレイから失点して、1−1 で前半を終了した。

後半、ウニオン・コメルシオは64分からの10分間で3点を重ねた。まずは64分、右サイドの高い位置でマンコ、ミゲル・カランサ、ダビ・ディオーセスとつないでマンコの足元に戻ったボールを、マンコはペナルティエリアでシュートを打たず左へ転がした。マンコのラストパスをホセ・リベーラがペナルティアークでシュートに持ち込むと、相手に当たったボールは弧を描いてループシュートのようにゴールへ決まった。

66分に退場者を出したスポルト・ロサリオとは対照的に、ウニオン・コメルシオは68分に3点目を奪取。カウンターを仕掛けてマンコが相手陣内を猛然と駆け上がってミゲル・カランサのスルーパスでペナルティアークの右側まで達すると、マンコはグラウンダーのクロスを上げてマティアス・スッカルのゴールをアシストした。さらにウニオン・コメルシオは74分にも追加点を挙げて、4-1 とした。

終盤にはPKを決められて2点差に詰め寄られたが、マンコの3アシストが効いてウニオン・コメルシオが勝ち点3を獲得した。

ペルー1部リーグ 2018 後期 第13節 (2018/11/08)
ウニオン・コメルシオ 4-2 スポルト・ロサリオ
アンヘル・サムーディオ GK ルイス・ジョントップ
エドゥアルド・ウリーベ
クリスティアン・ダビラ
エディ・レンテリーア
ダビ・ディアス
DF アンヘロ・ベーガ
エリック・ロッシ
ジョン・タピア
ファリ・ハサウイー
ダビ・ディオーセス
アンヘル・オヘーダ
ホセ・リベーラ
(デニス・バスケス)
レイモン・マンコ
ミゲル・カランサ
(ライ・ゴメス)
MF カルロス・ウリーベ
パウロ・ゴジョネーチェ
ロナルド・アンディア
ヘラール・タバーラ
(ラウール・ティト)
ファン・ディエゴ・グティエレス
カルロス・プレシアード
(マティアス・スッカル)
FW アラン・ムリアルド
(セバスティアン・テルネーロ)
ホセ・リベーラ 16
ホセ・リベーラ 64
マティアス・スッカル 68
ミゲル・カランサ 74
ゴール 18 アラン・ムリアルド
85 カルロス・ウリーベ (PK)
アンヘル・オヘーダ イエロー
カード
アラン・ムリアルド
ファリ・ハサウイー
パウロ・ゴジョネーチェ
レッド
カード
ファン・ディエゴ・グティエレス
ホセ・マルセーロ・ビバス 監督 ライネル・トーレス
主審: ビクトル・カリージョ
会場: エスタディオ・レヒオナル・IPD・モジョバンバ (モジョバンバ)