ペルーサッカー界には、有望な若手がいる。アリアンサ・リマの下部組織出身である18歳のピエロ・カリだ。ファンの間でも「カリは将来有望なスター候補」と称賛する声が挙がっている。そんなカリに向けて、マンコが口を開いた。
カリは10月16日に行われたペルー国内リーグのトルネオ・クラウスーラ(後期)第14節のスポルト・ボーイス戦で62分から途中出場すると、ピッチに入った直後の63分に左サイドからレンソ・ガルセスが中央に出したパスをペナルティアークの手前でトラップすると、右足を振り抜いてゴール隅に流し込んだ。
今季は肉離れで一時戦列を離れていたカリだが、負傷明けでの活躍は批判するところではない。もちろんマンコもカリを応援しているが、18歳という若さが抱える将来の懸念について、自身のキャリアも添えたうえで次のように忠告した。
「カリは今季の序盤は好調で多くの注目を集めたが、その後ケガをしてしまった。17歳で肉離れ? 25〜26歳を過ぎるとよくあることだが、肉離れを起こすには若すぎる。キックやファウルによる肉離れでない限りは、ビタミンやたんぱく質不足というより、セルフケア不足が原因だと医療関係者から聞いている。カリはもっとフィジカルトレーニングを積み、健康に気を配り、夜遊びをやめ、自分がすでにトップに達したとおごるのをやめる必要がある。サッカーでも人生でも、すべては明るみに出るからね。彼は非常に大胆な選手で、私に大きな希望と期待を与えてくれる若者だ。だからこそあえて厳しく言わせてもらった」
「カリには悪いことでなく、良いことを学ぶべきだ。ピッチの外で遊びほうけないように気をつけてほしい。たとえ写真を撮られてなくても、あるいは写真があったとしても禁止されているから公開されないとしても、いずれはバレてしまう。彼の若さの時点で自分を律していないと、将来を台無しにしてしまう」
「この先も真剣にサッカーに打ち込めば、いずれ欧州でプレイできるようにもなるだろう。ただ、まだカリは成功していない。アリアンサに加入したばかりで、今年は1年目。サッカーは予測不能で、人生はあっという間に変わるもの。わずか半年ほどで自分がクリスティアーノ・ロナウドのようになったと思い込み、すべきでないことを始めれば、おそらく私のように35歳で引退するか、地方のクラブでサッカー選手として細々とキャリアを積むことになるだろう。才能とチャンスは決して比例しない。そのチャンスを活かす方法を知らないと、悲惨な結果に終わる可能性もある」
成長を続けるカリがこの先しぼんでしまうことを危惧しているマンコ。マンコの思いは、カリに伝わっているだろうか。
◆ ピエロ・カリ
- 本名:マル・ピエロ・カリ・ベラルデ
- ピエロ・カリ
- 生年月日:
- 2007年8月21日生まれ(18歳)
- 出身:
- ペルー(タクナ)
- 身長:
- 178cm
- ポジション:
- ミッドフィルダー
地元のナティビダ・デ・タクナでサッカーを始め、15歳の若さでコパ・ペルーにも出場。2024年に名門アリアンサ・リマの下部組織に加入すると、同年のリザーブトーナメントとU-17ゴールドフェデレーションエリートトーナメントで活躍した。翌2025年1月に17歳でプロ契約を締結。同年3月29日にはデポルティーボ・タルマ戦で途中出場によるデビューも果たした。同年は16試合に出場して1ゴール2アシストを記録。ペルー代表。
◆ レイモン・マンコ
- 本名:
- レイモン・オランヘル・マンコ・アルバラシン
- 生年月日:
- 1990年8月23日生まれ(35歳)
- 出身:
- ペルー(ルリン)
- 身長:
- 172cm
- ポジション:
- ミッドフィルダー
17歳だった2007に名門アリアンサ・リマでデビューすると、同年にはU-17ワールドカップにも出場して3ゴールをマークし、一躍脚光を浴びた。18歳の若さでオランダの名門PSVアイントホーフェンに移籍したが、1年半でペルーに戻った。その後は国内外で移籍を繰り返していて、やがてペルー代表にも招集されなくなっている。ウニオン・コメルシオで復調すると、2019年はレアル・ガルシラッソに加入したが、新監督との確執や起用法への不満などからわずか5ヶ月間で退団。同年7月にスポルト・ボーイスに加入してチームの1部残留に貢献した。2020年は前年王者のデポルティーボ・アリアンサ・ウニベルシダーに移籍してリベルタドーレスにも出場したが、COVID-19のパンデミックによる中断期間中に首脳陣と対立して退団。アトレティコ・グラウへ移籍したが、チームを残留には導けなかった。2021年にはアリアンサ・ウニベルシダーに加入したが、こちらでもチームを残留には導けず。2022年はキャリア初の2部リーグに舞台を移したが、半年足らずでサントス・デ・ナスカを退団。同年7月にファン・アウリッチに加入して、チームの残留には貢献した。2023年は7人制サッカーに活躍の場を移し、2024年にはウニオン・コメルシオと契約したが、負傷により試合に出られず契約を終了。同年8月に同国2部のカルロス・ステインと契約したが同年中に退団。2025年7月15日に現役引退を発表したが、その約10日後にスポルト・ボーイスでの現役復帰を表明。元ペルー代表。
